雲上四季

本と涙と謎解きと、愛しさと切なさとボードゲームと

 以前、ソフマップで「CROSS GATE POWER UP KIT 2 〜楽園の卵〜」のCMを見て、
「このメロディラインは、まさしくイトケンではないか……ッッ!!」
 とか思ったという話をどこかでしましたが、今日、確認したところ、やっぱりそうだったようです。ああ、やっぱりいいですよねえ。イトケンは、ロマサガとサガ1の戦闘曲であればイントロだけで、どの曲か判別できるぐらい好きなのですよ。
 後、どうでもいいですが、冲方丁の作品とイトケンサウンドって合いますよねー。クロスゲート、サントラ出てないのかなー。……公式サイトを見てみれば、予約特典にプレミアムサウンドトラックがついているとか。サントラだけ売ってくれよ、ああ、もう。

分冊化の理由のひとつ、ワンコイン

クロスレビューは楽しそうだけれど、課題の一冊がハードカバーだったりしたら、手に入れるのに金が掛かって仕方ないよなあ。これがブックオフで安く買える本か、ライトノベルみたいに安いものだったら――これだっ!」
 と、いう具合に昨夜、ライトノベルが分冊する理由の三つ目を思いついた。

時雨沢恵一キノの旅 the Beautiful World』
一巻:530円 二巻:530円 三巻:490円 四巻:490円 五巻:510円 六巻:530円 七巻:530円
うえお久光悪魔のミカタ
三巻:510円 四巻:530円 六巻:490円 七巻:510円 八巻:510円 九巻:510円

 どうだろうか?『悪魔のミカタ』の方はシリーズ間における上下分冊しているものだけをピックアップしたのだが、上にあるものはいずれも500円玉一枚に、10円玉が幾つかあったら買える。
 いや、どうだろうかと言うか何と言うか、たとえ一冊分の値段がワンコインに漸近するほど安かろうが、普通に考えれば「225ページで490円の本」と「482ページで750円の本」とでは後者の方が圧倒的にお買い得であるのは判る。しかし、この平常心的思考が実際に書店に行ってしまうとできなくなる、何故か。
 ところで秋山はライトノベル系の本を買うときは、アニメイトゲーマーズまんがの森と言ったオタク向け専門店を利用する。その理由は単純で、これらの店で買うとポイントがつくからだ。特にアニメイト。千円ごとのお買い上げで一ポイント加算され、このポイントが溜まれば千円分割り引いてもらえるし、レジで「カバーつけてください」と頼めば透明のやつをくれるし、手提げ袋は部屋のゴミ箱のサイズにぴったりなので気に入っている。勿論、微々たるポイントのために買い物に500円を上乗せするのは本末転倒だ、さらに「そう言えば富士ミスがフェアやってたな。後、一冊買えばオリジナルグッズが……」なんて無駄な思考が炸裂し、結局は読むつもりのなかった安い本を買ってしまい、部屋の積みが増え、いつまで経っても森100は減らないし、置き場所のなくなった本がそこらへんに積まれていき今にも崩れそうなのには我慢がならない。
 閑話休題
 以前とあるサイトで「金のない中高生はライトノベルの主な読者層なりえない→迷ったら全買いという選択肢を持つ人間こそがライトノベルの主な読者層であり、売り上げに貢献しているメインだ」という意見を見た*1。これを読んだ瞬間「確かに、そうかもね」と一度は納得したが、よくよく考えてみれば「迷ったら全買い」なんて人間、激がつくほど少ないだろう。それよりは少ない小遣いをやりくりして、一冊でも多くのライトノベルを買おうと工夫する中高生の方が多いのではないだろうか*2
 仮にここに1500円でライトノベルを買おうとしている中高生がいたとする。その時、彼(あるいは彼女)の前には、500円の本と750円の本が並んでいる。消費税を考えなければ、1500円で500円の本は三冊も買えるが、750円の本は二冊しか買えない。換言すれば『キノの旅』が三冊買えるところ、川上稔の本は二冊しか買えない*3
 他にも「(リアル&ネットの)友人から勧められたけど安かったから買おう」「今月は厳しいから一冊しか買えないな、なるべく安いのにしよう」「ライトノベルとやらを読んでみたいが、どれから手をつけたらいいか判らない。とりあえず安いのを」「待ち合わせ時間間違えて二時間も早く来ちまったよ、安くて薄い本でも買って時間潰すか」「あ、このイラストレイター好きなんだよなあ。安いしジャケ買いしようかな」/「今回のDクラやけに高いし、しかも短編集じゃない。買うのパスー」「川上稔は好きだけど、この人の本、高いんだよなあ。しかも“1上”って何だよ、止めとこ」「冲方丁『ばいばい、アース』? なんだこのやけに分厚くて高い本は。つまんなそう」「この本……人が殺せるな、作者の名前は、清涼飲料水?」――というような思考もあるだろう。


 以上、適当に安価至上主義を唱えてみたが、一冊あたりの値段を安くするために分冊を行う、というのも可能性のひとつだろう。
……ではなく、分冊を決定する編集部としては、様々な思惑、そして打算が働いているわけで、その中のひとつが「ライトノベルは安価な方が売れる」であるというだけの話。まあ、昨日今日とグダグダ書いた秋山としては、やっぱりなんと言っても、最終的かつ極論的には印税&原稿量目的なんじゃないかなあと思ったりしたりするんだが、どうなんだろうかとかなんとか、どうでもいいか、どうでもいいね。

*1:うろ覚えなので間違っている可能性あり。

*2:月に何万と貰っている中高生は、除外しよう

*3:もっとも、川上稔の著作一冊は、二冊分の厚さを持っているわけで、二冊買えば実質四冊買ったことになる。この思考ができればあなたも勝ち組……とは限らない

「どうして分冊するのか」という問いが発生する理由

 発売される前に推理してみよう。

西尾維新『零崎双識の人間試験』1365円

 この値段の秘密は、竹氏によるカラーイラストがいっぱいだから!!


 浅木原さん(id:asagihara)とこと、うたたねこやさんとこを見て、「どうしてライトノベルは分冊するのか」という問いが発生する理由、つまり分冊する異常性を指摘するのを忘れていた。
 いや、指摘すると言うか、何と言うか、この分冊は言うまでもなく異常ではないだろうか? 一冊にまとめられるところを、敢えて二冊にしているのだから、これは単発物的なシリーズの中にあって明らかに不自然。一個の物語としての完成度も落ちるし、物によっては「引き」という小説技法が使われているわけではなく、分冊することによってデメリットしか生じていない。また、単発物と思って手に取った読者に対し、続き物だと明かさないのは裏切りでもある。どのような理由があって、こんな不手際を起こしてまで一冊にまとめず、分冊するのか……と簡単に言ってみるものの、そもそも「一冊にまとめられる」であるかどうかが疑わしい。と言うより、浅木原さんが指摘している通り、川上稔の最新刊があんなにも分厚いのは、広告欄その他を利用した裏技的分厚さであって、通常は実現しえない。だとしたら、秋山が言っていることは嘘八百ではないか――、
 と、なるわけではない*1そもそも、上巻と下巻のページ数を足したら電撃文庫の限界ページ数を突破するから、戦略的に上下分冊しているわけではない、という認識が誤っている可能性がある。換言すれば、意図的にページ数を増やし、上下分冊しなければならないという状況が作り出されているのではないか、という疑問が発生する。
 ややこしいので、まとめれば、225ページの上巻と240ページの下巻が作られたのは、合計ページ数が465ページとなり、これが電撃文庫の限界ページ数を突破しているから分冊された――のではなく、作家(あるいは編集者)がもう少しで限界ページ数を突破できそうだからという理由で水増しを行い、わざと分冊しているのではないだろうか、と。
 これがいわゆる、成歩堂流「推理の逆転」というやつだな、多分。
 で、上記のような理由の元、「それでは、わざと分冊する理由とは何だろうか」という疑問が発生し、昨日のような長文を書いたわけ。


 あー、洗濯物ほさな。

*1:当たり前だ!