雲上四季

本と涙と謎解きと、愛しさと切なさとボードゲームと

1073『狂骨の夢 上』

分冊文庫版 狂骨の夢 上 (講談社文庫)

分冊文庫版 狂骨の夢 上 (講談社文庫)

 実に、奇妙極まりない読書体験をしてしまった。
 京極堂シリーズに関しては、いずれも四捨五入すれば十年近く前に読んだものなので記憶があいまいだ。『姑獲鳥』は妊婦の話、『魍魎』はみっしりの話、『鉄鼠』は禅問答の話、『絡新婦』は四姉妹の話、『塗仏』は山の話――と言った具合で『狂骨』だけが記憶になかったのだ。記憶にないのは余程つまらなかったか、読んでいないからだろうかと首を傾げつつ読み始めたのだが、所々、見覚えがあるのだ。「ああ、いさま屋だ、もしかして今度の舞台は町田だろうか……あれ、前にも同じようなことを思ったような」であるとか「この名前は吉川英治宮本武蔵』の重要人物と同じ名前だな……あれ、前にも(略」であるとか、まあ、局所的にかろうじて記憶があるのだ。したがって物語を予測することはできないけれど、読んだ瞬間にデジャ・ヴュのように思い出すと言うか。ううん、説明が難しい。とにかく奇妙な感覚なのだ。

1074『狂骨の夢 中』

分冊文庫版 狂骨の夢 中 (講談社文庫)

分冊文庫版 狂骨の夢 中 (講談社文庫)

 やや今さらだが、京極堂シリーズの魅力は何と言っても、バラバラに見えていた複数の事件が実は一続きのもので、しかも京極堂の周囲にいる人々が各々にその事件に遭遇し、敗れ、京極堂に助けを求めたところ、すべての情報を手にした彼が快刀乱麻を断つが如く憑き物を落とす場面にあると思う。そうなると京極堂が出張る終盤は、非常に魅力的で面白いのだが、謎を提示する場面は退屈でありうるのだ。第一作においてはまだその構造が見えていないがゆえに新鮮に楽しむことができ、第二作においては幻想と猟奇を前面に押し出しているからいいのだが、第三作であるところの本書では、金色髑髏や潮騒、夢といったテーマやガジェットがややありきたりで退屈だった。まあ、残す三分の一は解決編だから、楽しめるのは確実だろう。

1075『狂骨の夢 下』

分冊文庫版 狂骨の夢 下 (講談社文庫)

分冊文庫版 狂骨の夢 下 (講談社文庫)

 再読ではあるが、ほとんど記憶に残っていないので限りなく初読に近いだろう。
 読み終えて感じたのは、なによりも分かりづらさだろうか。本書は前二作と比較して、その謎が分かりにくかったように思う。真相が明かされる場面は、それなりに驚いたのだが、解決に相当する問題が正確に把握できていなかったために感動も薄かったのかもしれない。
 もしくはこのシリーズは、やはりキャラクタ小説なのかもしれない。関口巽が妄想全開に活躍してくれることを期待している秋山にとって、彼が主役を張らない作品はどうにも魅力が少ない。

1076『ヤクザガール・ミサイルハート』

ヤクザガール・ミサイルハート (竹書房ゼータ文庫)

ヤクザガール・ミサイルハート (竹書房ゼータ文庫)

 正直なところ、落胆の色が隠せない。
 元長柾木と言えば、異常なまでにアクが強く、読者を徹底的に無視し、数少ないコアなファン以外には異色作家として認知されていたような作家だったはずだ。そんな作家の書く話だ、きっとどえらいことになっていることだろう。そう、予測した。そして実際にいきなり調子がいいときの古橋秀之が見せるカッコいいアクションで始まり、さらに以下の一節で追い討ちをかける。

《球体(スフィア)は異境(ファーサイド)の技術を駆使して作り上げられた結界であり、その中心部には一機の爆撃機とそこから投下されたばかりの》<<爆弾が存在している。今から四四年前の夏、爆撃機が爆弾を投下した直後というタイミングで偶然、史上最大級の異境風(ファーサイドウィンド)が吹いたため、時空間に完全に固定されてしまったらしい。
(48ページより)

 そう、本書は核爆弾の落とされなかった広島を舞台とする、異能力を有するヤクザたちの闘争なのだ。そのことに気づいた瞬間「おお」とテンションが上がったが、そこから先、再びテンションが上がるような場面はなかった。元長柾木的世界崩壊も先鋭的過ぎる叙述トリックもなく、延々と刀持った女の子がバトルを繰り広げ、なんのどんでん返しもなく終わってしまったことに返って驚いた。『灼眼のシャナ』や《戯言》シリーズの後がまを狙ったとだけは思いたくないなあと溜め息を吐きつつ壁へ。