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黒い時計の旅 (白水uブックス)

黒い時計の旅 (白水uブックス)

 本当に、瞠目すべき幻視力、である。スティーブ・エリクソンには二十世紀同士の戦いや、時間と空間とを超越する意志や存在が見えているのだろうか。多重に絡まりあい、複雑な様相を呈しているこの物語には、驚嘆を隠せない。仮にドイツが負けず、A.H.が死んでいなければ――かつてにおいてこれと同じように幻想を抱いた作家は多いが、エリクソンほどにその不安定さや不安感さを描きえただろうか。また、エリクソンでなければ、この物語をしてただの男の女(彼と彼女、夫と妻、父と娘、息子と母)の物語とさせてしまっていたかもしれない。本当に、もう、何なのだろうかこれは。怪物か。いや、もう大きすぎて怪物なのかどうかさえ分からない、名状し難い。それでも敢えて言葉にするならば、そう。
 並行して進行する複数の可能性を同時に描きながらも、あらゆる世界に共通する、何もかもをあるがままに流しさってしまう時間を巡る物語だろうか。