雲上ブログ〜謎ときどきボドゲ〜

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1036『沈黙のセールスマン』

沈黙のセールスマン (ハヤカワ・ミステリ文庫)

沈黙のセールスマン (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 アルバート・サムソンシリーズ、四作目。shakaさんにリューインを読むなら、『沈黙のセールスマン』から読むといいと勧められ読んでみた。素晴らしかった。
 なにが素晴らしいかと言うと……(以下、物語の魅力にさわるのでネタバレ反転)、その構造の緻密さ流麗さだ。
 まず、物語の着火点たる謎が素晴らしい。「製薬会社のセールスマンが研究所内で爆発事故にあい、半年も入院しつづけている。その間、ずっと面会謝絶で安否すら分からない。調査してほしい」というのが依頼なのだが、この時点でふたつの魅力的な謎がある、ひとつは「どうしてセールス部門の人間が、研究所の爆発事故に巻き込まれたのか」そして「半年も面会謝絶なのはどうしてか」だ。とは言え、どちらの謎も謎らしく描かれてはおらず、魅力的ではあるもののそれだけだ。読みながら秋山は失望していた。なんだかえらく地味そうな話だったからだ。しかし、それはブラフだった。後に明かされる巨大な陰謀が、より大きくそして危険に見えるように、序盤においてリューインは攻め手を緩めていたのだ。そう、本書の主題は中盤以降にあるだろう。謎が謎を呼び、徐々に見えてくる事件の輪郭、そして忍び寄る魔の手、陰謀。改めて言葉にすると陳腐だが、いやあ、凄まじいリーダビリティの高さだった。

 もう二点、面白い箇所があった。ひとつは、主人公の孤独さ。

ひたすら自滅への道を歩んでいるのか、あるいは自分ひとりが事態の真相を見抜いているのか、どちらかだろう。

 この一文を読んだとき、からだが震えた。敵対する組織に追われ、警察に追われ、娘を誘拐され、四面楚歌となった主人公の独白なのだが、しびれる……。
 最後のひとつは有機的にすべての事件が繋がっていることだ。解説で古典的なハードボイルドにおいて探偵と警察が敵対していたり、あるいは警察がまったく出てこなかったりするが、本書のようなネオ・ハードボイルドにおいて、警察と探偵はけっして無意味に反目しあっているのではなく、ときと場合によっては協力しあうこともあると書かれていた。古典的なハードボイルドを読んでいない秋山が言うのもなんだが、これはとても説得力がある。だって、実際に私立探偵がいたとして、警察が彼らを無条件に嫌ったり、もしくは頼りにしたりするとは思えないからだ。彼らは異なる理念を持った、違う存在ではあるが、利害さえ一致すれば協力することは不自然ではないからだ。むしろ、協同捜査することで、事件の糸口が見つかるのなら手を結ばないほうが不自然だ。実際の社会と物語内世界が見事にリンクしているように思う。加えて、本書ではよくできたミステリのように、仕込まれていた伏線が最後までにすべてきれいに回収されていたり、事件同士が有機的に繋がりあい、無駄のない完璧な物語を、構造体を作っているのだ。主人公をはじめ全登場人物の性格もうまく作られており感嘆。あー、素晴らしかった。