雲上ブログ〜謎ときどきボドゲ〜

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1121『空中庭園』

空中庭園 (文春文庫)

空中庭園 (文春文庫)

 郊外のダンチで暮らす京橋一家は「秘密を作らず皆で仲良く」という宣言がされており、そこでは娘が仕込まれた場所(ホテル野猿だそうだ)も性に目覚めたことも隠されず、むしろ家族で祝うほどにオープンだ。そんな明るい一家のひとりひとりが主人公に、六つの短編からなる短編連作。
 さて、以上の紹介は嘘偽りである。実際には京橋家は崩壊しており、包み隠さずという不文律こそあるものの、個々人がそれを破っており、しかし他の家族は破っていないだろうという根拠のない自信の上に生活を送っている。したがって登場人物はそれぞれ「自分だけが秘密を持っている/自分だけが家族のために頑張っている/自分だけが不幸せだ」と思って生きているのだが、読者の視点では全員が「そう」であるため、とてもとてもいびつな家族像をそこに見出すことになる。
 とにかく人物が描けていると思った。純粋に上手いのだ。人はどうして自分の立場や立ち位置からでしか物事を見れないのだろう。どうして他人の身になって考えたり、案じたり、他人を知るために語り合おうとしないのだろうか。痛ましい。
 余談。作中でホテル野猿は「のざる」とルビが振られているが、正確な読み方は「やえん」。秋山が通っている大学の近くにあるのでよく看板を見る。訪ねてみたい。506号室をこの目で見てみたい。