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1137『猛スピードで母は』

猛スピードで母は (文春文庫)

猛スピードで母は (文春文庫)

 第92回文學界新人賞受賞作「サイドカーに犬」および第126回芥川賞受賞作「猛スピードで母は」が掲載されている。一冊で二度、美味しい。
 どちらの短編も子どもの視点から強かったり弱かったりする「母」像を見上げるようにして描かれており、中々に上手い。特に大きな破局が訪れたり、出来事があったりするわけではないが、日常の延長線上で起こりうる細々とした事件の中で母が見せる、多様な顔がほんとうに上手いのだ。すんなりと読めてしまった。
 芥川賞を受賞した、表題作の「猛スピードで母は」の方は、やや面白い技法が使われている。三人称小説なのだが、地の文で「母」という言葉が使われており最後まで彼女の名前は明かされていないのだ。「サイドカーに犬」が一人称で弟が出てきたから、てっきり「猛スピードで母は」の慎も主人公の兄か弟だと思ったのだが、どうやら一人息子の模様。あるひとりの登場人物を、三人称小説であるにも関わらず、名前ではなく「母」という言葉で表現することについて考えたとき、本書の素晴らしさの片鱗がまたひとつ分かったような気がする。