雲上ブログ〜謎ときどきボドゲ〜

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1190『野性時代』2006年12月号

 三周年を祝し、新境地短編と銘打ち、二十五編もの読切短編が掲載されていたので興味を持ち、手にとってみた。以下、かんたんに評を。
伊藤たかみ「逆算する赤」章を経るごとにどんどん時間軸が過去になってゆくという作品。よくあるタイプの実験小説だし、主人公の卑下な感じが鼻について今ひとつかなあと思っていたのだが、落ちの皮肉がいい具合に効いていて面白かったと言える。
歌野晶午「In the lap of the mother」これは面白かった。非常に短い作品なのだが、風刺が効いていて、うん素晴らしい。タイトルは直訳すれば「母親の膝の上で」。ああ、これが「mother」ではなく「monster」だったら、より良かったかもしれない。
三崎亜記「管理人」適温、と称するに相応しい小説だったように思う。なんとなく森博嗣『少し変わった子あります』に似ているが、あの作品に負けず劣らず落ち着いている。実にちょうどいい温度なのだ、小説の。良かった。
道尾秀介「箱詰めの文字」実に素晴らしい。途中まで読んで『向日葵の咲かない夏』のような作品かなと思ったら、ううん、新境地だった。これは従来の道尾秀介にない、新しいタイプの小説だろう。これも良かった。
米澤穂信「心あたりのある者は」古典部シリーズ最新作、時系列的には『クドリャフカの順番』より後。残念なことに、これは今ひとつと言わざるをえない。『九マイルは遠すぎる』と同じように、偶然、聞こえたある文句の真意が何であるか推論を重ねているのだけれど、これはいくらなんでも直截的。『九マイル』を知らない人はこの結末に我慢できるかもしれないが、既読の人はもう一捻りほしいと思ってしまう。ただ「シャルロットはぼくだけのもの」に見られた主人公とヒロインの対決という魅力的な構図は、ここにも生きているように感じられた。