雲上四季

本と涙と謎解きと、愛しさと切なさとボードゲームと

1203『ちくま日本文学全集 001 芥川龍之介』

芥川龍之介 (ちくま日本文学全集)

芥川龍之介 (ちくま日本文学全集)

 読み終えてから数日間、芥川のことだけを考えて生活した。
 一言で称すると、やはり巧い作家だ。たとえばこの本には収録されていなかったが、「羅生門」。あれは確か、鳥の視点から始まったように記憶している。夜の雨に霞む羅生門が、なんとも言えない陰鬱とした気配を発していているのを上空から眺めているのだ。そうかと思ったら、視点が一気に落ちていって、次の瞬間には羅生門を下から見上げている。そして羅生門をくぐり、内で広がっている世界へと焦点を当ててゆくのだ。映画的、もしくはゲーム的と称することのできる視点移動だろう
 最近、id:kaienさんが一冊の本を紹介するのに、他の本を引き合いに出して紹介する手法を確立されたようなので、それを盗んでみたいと思う*1。やはり鳥の視点から始まって、鳥が地面に降りたつように人間の視点に移りかわる作品と言えば、『カムイ伝』を代表作とする白土三平が思い浮かぶ。彼の作品でも多くが、鳥(鷹であることが多い)が宙を舞っているページが一番に来て、自然が色濃く残された山、富裕層が住む館、百姓頭が住む家、百姓が住む家、そして賤民が住む谷間などに視点が流れてゆき、そこに住むひとりの少年(たとえば若かりし日のカムイ)に落ち着いたりする。 芥川龍之介を読みながら思ったのは、秋山が予想外に芥川を読んでいたことだ。羅生門だけでなく、トロッコ、蜜柑、鼻、芋粥地獄変、藪の中、杜子春或る阿呆の一生、蜘蛛の糸を読んでいた。これらの多くは自主的にではなく、中学高校で読んだように思う。ああ、そうそう、常盤先生の授業だ。「あくたがわを!! 読みましょう……むふふ」と言っていたっけな、懐かしい。
 そういうわけで収録作の何編かは、落ちを知った状態で読んだのだがこれが全然つまらなくない。引き込まれるのだ。暮れてゆく日を見ながら少年が感じる不安や、土工が今日は向こうで泊まると言った瞬間に少年が覚えた絶望感、そしてひとりで夜道を走って帰るときの焦燥感。そういった心情風景が色鮮やかに頭に思い浮かぶのだ。秋山は全然、そんな記憶なんてないのに、遠い昔、確かにこんな経験をしたなあとでも言うかのように、鮮明に場景が頭に浮かぶのだ。そして、そう、これが特筆したいことなのだが、その場景とはカラーなのだ。宙を舞う蜜柑の橙であるとか、屏風に描かれた炎であるとかは、すべてカラーで、しかも解像度が非常に高い
 中学高校で芥川が教材として使われたり、このちくま日本文学全集でも、芥川が最初に来るのは、その読みやすさ親しみやすさが群を抜いているからだろうか。杜子春や蜘蛛の糸は子どもの頃、絵本でも読んだような記憶がある。児童向けに書かれた作品が多いのも、その特徴だろう。
 初読で面白く感じたのは「魔術」と「河童」の二編。「魔術」は何処か「杜子春」に近いところがある。ひとつの小話としてたいへん面白かった。対して「河童」は、うん、好みの作品だった、と言える。これは、ある精神病院の患者が誰にでも喋る話として紹介されているものだ。彼は誰が訪れても丁寧に挨拶して、椅子を勧めて、いつもと同じ話を聞かせるのだ。しかし、話し終えるや否や、拳骨を振り回しながら「出て行け! この悪党めが! 貴様も莫迦な、嫉妬深い、猥褻な、図々しい、うぬ惚れきった、残酷な、虫の善い動物なんだろう。出て行け! この悪党めが!」と怒鳴り散らすのだ。そして次の行から、実際のこの患者が語ったとされる話が綴られるのだが、いや、抜群の出だしと言えるだろう。ところで、精神病患者と言えば、ちゃかぽこちゃかぽこ……、
ドグラ・マグラ (上) (角川文庫)

ドグラ・マグラ (上) (角川文庫)

 夢野久作ドグラ・マグラ』という傑作が思い浮かぶ。
 この作品は読み終えたら精神に異常をきたすと謳われているほど狂気的で、悪夢的な作品なのだが、その実、描かれているのはディス・コミュニケーションおよびそれによって為されなかった愛なのではないかと思う。記憶を失った男が主人公で、彼は様々な情報を目にするのだが、それらは主人公の正体によって様々な意味が変わってくるもので、しかも仮に主人公の正体が判明しても、それらの情報が正しいという保証はなく、とても不安定なのだ。その、全体を不安定さこそ、この作品が名作であるゆえんなのだけれど、「河童」にもそれと同じく「いつ全体がひっくり返るのだろう」という暗い不安が付きまとった。
 全体を通して考えられるのは、やはり心情風景の描写が優れていることか
 冒頭で思わず巧いと書いたが、そんなに技巧には走っていないかもしれない。芥川が描いているのは、ただの場面なのだけれど、読者に対するイメージの喚起力がとても優れているので、その白黒の場面がカラーになるのだ。さらにその色は解像度が高く、つまり鮮明と言える。もっと言えば、芥川はそこに児童文学的な教訓や、笑いを盛り込んでいる。それがいい意味で分かりやすいから、教材や絵本に使われることが多いのだろう。なんとなく教育テレビを連想。他の文学チャンネルが白黒だったり、声だけだったり、難解で言っていることが意味わからないから、まずは3チャンネルの芥川から始めようという感じ。
 芥川未読の人にはトロッコがお勧めだ。文庫本にして僅か10ページだし、このエントリを基準にすれば約二倍の分量。すぐに読めるだろう。青空文庫にリンクを張ったので、是非どうぞ。
蜘蛛の糸・杜子春・トロッコ 他十七篇 (岩波文庫)

蜘蛛の糸・杜子春・トロッコ 他十七篇 (岩波文庫)

*1:ブクマされるときのタイトルも工夫した