雲上四季

本と涙と謎解きと、愛しさと切なさとボードゲームと

ひぐらしのなく頃にはミステリと言えるのか?

 言えます
 いやー、なんだか蒸し返すようで申し訳ないですけれど講談社BOXの『ひぐらしのなく頃に』を読みおわったときにひぐらしは(本格)ミステリなのか論争に終止符を打ちうるクリティカルな発見をしました*1
 と言うわけで、ざっくりとひぐらしのなく頃に解 祭囃し編までのネタバレを行いつつ、『ひぐらし』をミステリという観点から見直してみたいと思います。未読の方はご注意ください。『ひぐらし』に触れる予定はないけれど、ミステリとして興味を持っている方は引き続きどうぞ。それでは「続きを読む」までは『ひぐらし』という作品をざっと紹介します。

ひぐらしのなく頃に祭(通常版)

ひぐらしのなく頃に祭(通常版)

ひぐらし』は「出題編」とされる、

鬼隠し編
綿流し編
祟殺し編
暇潰し編

 と「解決編」とされる、

目明し編
罪滅し編
皆殺し編
祭囃し編

 以上、8つの編から構成されています。
鬼隠し編」「綿流し編」「祟殺し編」の3編はいずれも前原圭一が主人公で、彼が惨劇に立ち向かうというのが基本的な構図になります。この3編は同一の時間軸を描いたもので、ある種のパラレルワールド的な展開をします。もしくはこう言い換えた方が分かりやすいかもしれません。
ひぐらし』は選択肢のないゲームです。しかし、もし前原圭一が4人のヒロインから1人を選んでいたら? 前原圭一竜宮レナを選んだせかいが「鬼隠し編」、園崎魅音を選んだせかいが「綿流し編」、北条沙都子を選んだせかいが「祟殺し編」です


 前振りはこんな感じで。ネタバレ始めます
 しかし実際は『ひぐらし』の主人公は前原圭一ではなく、古手梨花であったことが「皆殺し編」において明かされます。昭和58年6月に絶対に死ぬことが決定している彼女は、その度に数週間から数年間の範囲でときを遡り、自分が死なない未来を探しています。
 つまり、何度も何度も人生をやりなおしている古手梨花の経験したせかいの一部が「鬼隠し編」から「皆殺し編」であり、すべての謎を解き明かし、真犯人を看破し、トリックを暴くことに成功したせかいが「祭囃し編」と言えます。
 それでは『ひぐらし』における真犯人とは誰なのか? それは、不定です
 昭和58年6月、その月に古手梨花が死ぬことは絶対ですが、その要因は実は決まっていません。前回のやりなおしで彼女の命を奪った犯人を警戒したからと言って、次のせかいでも彼女が同じ犯人に殺されるとは限らないのです。つまり『ひぐらし』における真犯人とは、特定の何者かではなく、条件なのです。なんらかの条件が揃ったとき古手梨花の死は確定するのです。そして、計3つある条件を個々に描いた作品こそが「鬼隠し編」「綿流し編」「祟殺し編」の3編なのです。
 犯人が人間ではなく条件というのは、ミステリで言うところのプロバビリティの犯罪(蓋然性の犯罪)に近いでしょう。ただし、様々な罠を仕掛けて、偶然のちからで被害者を死に至らしめようとすプロバビリティの犯罪に対し、『ひぐらし』において古手梨花を相手を殺すための条件はほぼ100%の確率で発動しますし、そもそも罠を仕掛けている黒幕がいません。
 そういう意味において『ひぐらし』はプロバビリティの犯罪の代表作と言われるところの谷崎潤一郎『途上』より、男が死ぬ条件をこそ探す西澤保彦『七回死んだ男』に、より似ていると言えるでしょう。

谷崎潤一郎犯罪小説集 (集英社文庫)

谷崎潤一郎犯罪小説集 (集英社文庫)

七回死んだ男 (講談社文庫)

七回死んだ男 (講談社文庫)

 以上を考慮すると『ひぐらし』をミステリとして評価したときの、姿かたちが見えてきます。
 まず、この作品はいわゆる典型的なフーダニット物として描かれているように見えます。しかし、その実態は前述のように条件探しであって、犯人探しとは似て非なるものです。
 この作品が条件探し物であることに気づいたのなら、もう後は肝心の条件がなんであるかを考えるだけです。「罪滅し編」発表以前に「鬼隠し編」が信頼できない語り手物であることを指摘された方が多かった(らしい)ことを鑑みれば、古手梨花を殺害する3つの条件を見抜くのは容易いでしょう。
 と言うわけで、繰り返しになりますがひぐらしのなく頃に』は立派なミステリです。それも連作形式を逆手に取ることで、かなり構造的に凝ったミステリです。残念なことに、テキストおよびイラストという点において、一部の読者に敬遠されがちですが、この構造とトリックは非常に高く評価できると思います。

*1:未だそんな論争が続いているのかどうかは定かでないですが。