雲上四季

本と涙と謎解きと、愛しさと切なさとボードゲームと

犯人はこのなかにいる

常識の中にもやわらかいものとかたいものとがあるからだ。

 以下、例え話。

 私の目の前に、太郎、次郎、薫、歩、花子、京子が立っている。
 犯人はこのなかにいる。犯人は女性だ。犯人はひとりだ。

 かたさ0%の常識:花子と京子は女性の名前。だから、どちらかが犯人。
 かたさ30%の常識:薫と歩は男女両方の名前に使われる名前。だから、どちらかが犯人。
 かたさ80%の常識:太郎と次郎は男性の名前だが、女性が使ってはならないという法律はない。だから、どちらかが犯人。
 かたさ100%の常識:犯人は目の前にいるとは限らない。だから、犯人は“私”。
 かたさ200%の常識:犯人は目の前にいるとは限らない。だから、犯人は“ひとり”、彼女は“私”の視界のそとに立っている。
 かたさ400%の常識:犯人は“私”に見えているとは限らない。だから、犯人は透明人間の三郎か四郎か五郎か六郎か七郎か八郎か九郎か……。
 日本人の姓名事情に詳しくない人間にとっての、かたさ0%の常識:太郎、次郎、薫、歩、花子、京子は日本人の名前。だから、犯人はこのなかの誰か。

追記

 透明人間のくだりを少し書き換えました。

追々記

「かたい常識」の定義を勘違いしていたので、訂正。