一、事件の舞台は、孤島なり、吹雪の山荘なり、悪天候によって当地へ至るルートが切断された「閉鎖空間」である。すなわち事件発生後は、上映開始後に扉を施錠される映画館のようなもので、登場人物の出入りは許されず、許されるなら警察も排除されるので、先進の科学捜査のメスが入る余地はない。したがって、昔ながらの論理思考によって不明の犯人を推理する必然性が保証される。
二、事件は、施錠可能の西洋式ドアが付いた各部屋を持つ、プライヴァシー重視型の人口構築物内、もしくはその周辺である。
三、ここに居住、もしくは招かれた人々は、小説の冒頭で、全員がきちんと読者に紹介される。この紹介にも確立したルールがあり、若者が老人に変装しているような人物は、「老人」と描写してはならない。むろん犯人は必ずこの中におり、これらの人々は、ひと癖ありそうな、怪しげな住人たちであることが望ましい。
四、いよいよ事件が起こるが、これは血塗られた惨劇で、しかも密室内であることが望ましい。むろんこの段階で犯人が割れるようなストーリーは論外である。
五、ここへ探偵役が、外部から招かれて登場するが、彼は最初の段階から惨劇の館内にいることもある。
六、惨劇は複数起こる。しかし犯人は依然不明である。この段階で、探偵役の推理が、思い違いも含めてしきりに行われる。これと並行し、読者も彼と推理を競うことになる。
七、探偵役により、最後に犯人が指摘されるが、これは読み進んできた読者にとって、必ず意外な人物でなくてはならない。繰り返されるこの限定されたストーリーの枠組の中で、作者は知恵の限りを絞って、犯人のこの意外性を毎回演出しなくてはならない。これを達成しなくては、その作品は大きな成功作とはみなされない。
(島田荘司『本格ミステリー宣言 2 ハイブリッド・ヴィーナス論』18〜19ページより*1)
本格ミステリー宣言〈2〉ハイブリッド・ヴィーナス論 (講談社文庫)
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最初に断っておきますが、上記はフェアであるための条件でも、((新)本格)ミステリが満たさなくてもならない条件でもなく、島田荘司が綾辻行人を中心に新本格作家の著作を読み解き、そこに見られる目標コード*2を抽出したものです。したがってニュアンスとしては新本格作家たちが目標としている七則として捉えた方がより確実でしょう。
また、言うまでもないことですが、すべての新本格作家が上記七則を目標としているわけではありません。これはあくまで島田荘司が抽出したコードだからです。しかし、実際に新本格作家に類される作家たちによる著作を読む限り、新本格作家が上記七則を目標としていることは想像に難くありません。
あるいは、上記七則を目標としているミステリ作家をこそ、新本格作家と呼んでいるのかもしれません。だとしたら新本格の七則はまさしくノックスの十戒やヴァン・ダインの二十則の現代版になりうるかもしれません*3。
さて、では実際に新本格作家たちがどう考えていたかは、id:sangencyayaのアイヨシさんがまとめてくださっているので、そちらを参照していただければと思います。
最後に清涼院流水の推理小説の構成要素三十項もご紹介したいと思います。ただ、こちらは改めて読み直してみたところ推理小説が含まなくてはならない構成要素三十項ではなく真犯人が一人の場合の推理小説が含んでもよい構成要素三十項と呼ぶに相応しく、また「これはあくまで僕が新作を執筆するために作成した独善的な資料のようなもので、他人に強制しようとか、これがミステリ普遍のテーマなどと妄想を抱いて歴史に遺そうなんてつもりは露ほどもありません」と登場人物の口を借りて告げてもいました。したがって、ここで紹介するのはやや筋違いにもなりかねないのですが、まあ、紹介しますと予告してしまいましたし、せっかく取り寄せてしまったので紹介することにします。……長いので続きを読むに入れておきますね。
1◎不可解な謎(奇想)
2◎連続殺人
3◎遠隔殺人
4◎密室
5◎暗号
6◎手記(遺書、日記など)
7◎見立て
8◎首斬り
9◎作中作
10◎不在証明(アリバイ工作)
11◎屍体装飾
12◎屍体交換(顔のない屍体、入れ替り)
13◎アナグラム(欧文・和文)
14◎殺人予告状
15◎意外な犯人
16◎意外な動機
17◎意外な人間関係
18◎ミッシング・リンク
19◎ミスディレクション
20◎ダイイング・メッセージ
21◎特殊トリック(氷、鏡など)
22◎物理トリック
23◎叙述トリック
24◎人物トリック(性別、多重)
25◎動物トリック
26◎名探偵
27◎呼称のある犯人
28◎双子
29◎色盲の人物
30◎結末の逆転劇(ダミーの犯人)
(清涼院流水『ジョーカー 旧世紀探偵神話』41ページより*4)
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