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手塚治虫『火の鳥』を傑作にしている5つの特徴

 Yahoo!ブックストアが1週間限定で手塚治虫の『ブラックジャック』『ブッダ』『火の鳥』の3シリーズを全編無料公開していました。中学校の図書館に手塚治虫全集が入っていましたが、人気が高く、いつも誰か読んでいるという状況で、たまに暇を持て余したときに棚に残っている巻を拾い読みしたことを覚えています。
 その内、一気読みしたいなと思っていたのですが、これを機会に読んでみました。
 驚きました
 その、あまりの面白さに
 この感動を忘れないうちに、なにが面白かったのか残しておこうと思います。

火の鳥とは

 まず手塚治虫の『火の鳥』を、まったく知らない方のために軽く説明を。
 漫画家、手塚治虫は1946年から1988年まで活動していましたが、『火の鳥』が描かれたのは1954年から1988年の間です。つまり、初期から晩年に至るまで、他の作品を手がける傍ら、描かれ続けたシリーズと言えます。実際、手塚治虫のライフワークと呼ばれることもあります。
 内容はいわゆる1人の主人公の物語ではなく、黎明編、乱世編、未来編など○○編と銘打たれた、複数の独立した物語から形成されています。それぞれ、編ごとに主人公も舞台も時代も異なり、卑弥呼が政権を握る古代から、地球が滅亡に瀕している遥かな未来まで幅広く描かれています。
 では、前置きは、こんな感じで、早速、行ってみましょう。

面白さ、その1「新しさ」

『火の鳥』を読み始めて、すぐに感じたことは漫画としての「新しさ」です。
 あるいは「挑戦的」と言い換えてもいいかもしれません。
 コマ割りというのでしょうか、ページの使い方が非常に面白いと感じました。たとえば【黎明編】において、グズリという間者だった男性と、ヒナクという彼の妻となった女性が左右に配されただけの、ともすれば「これ手抜きなんじゃないの?」とも言えるシンプルな構図が連続する場面があります。グズリの方は、すべてのコマで、ほぼ同じ姿勢でいるのですが、ヒナクの方は最初のコマでグズリから逃げるように背を向け、しかし、次のコマでは振り返り、彼の様子を見て、また次のコマでは、再び背を向ける。
 単に自分が漫画の技術に疎いだけかもしれませんが、ここは特に新しいと感じました。自らの命を救い、村に文明をもたらし、結婚の誓いを立てるほどに好意を覚え、しかし裏切られ、村が滅び、幸福の絶頂から絶望のどん底に叩き落され、一族の仇たる間者への怨みや怒り、しかし隠し切れない愛情……! そういった、ヒナクの気持ちの揺れ動きが、連続するコマからありありと浮かび上がってくるんですよね。素晴らしいです。
 他には、全編が舞台上で演じられている芝居を、客席視点で見たように描かれている【羽衣編】も秀逸ですね。背景は家の縁側と一本の松だけ、その一箇所を舞台に登場人物を所狭しと走らせて、ときには登場人物を描かないことで時間の経過を表現する。特に、無人のコマがいいんですよね。ひとが描かれていないにも関わらず、ドラマが込められている。いやはや、すごいことですよね。
 コマ割り【宇宙編】も取り上げておきたいですね。2577年、4人の宇宙船乗務員が、救命ボートに乗って宇宙をさまようのですが、ページを、ざっくり16分割して、各段を各キャラに割り振って、4つの救命ボートの内部を同時に描きつつ、物語を進行させるという手腕も秀逸でしたね。
 上記以外にも、けっこう挑戦的であったり実験的であったりする大胆な構図が多く、とにかく「新しい表現技法を試してみよう!」という漫画家、手塚治虫の強い気迫を感じましたね。

面白さ、その2「架空の歴史」

 3世紀の卑弥呼が支配する邪馬台国を舞台とした【黎明編】、その直後の古墳時代を描く【ヤマト編】、7世紀における壬申の乱を百済の血を引く青年の視点で描く【太陽編】、8世紀の奈良東大寺の大仏建立の裏側を見せる【鳳凰編】、10世紀の天の羽衣の伝説の真実を暴く【羽衣編】、12世紀に繰り広げられた源平合戦を描いた【乱世編】等々、『火の鳥』の多くは過去の日本をモチーフにしています。
 ただ、現代日本に伝わっている史実とは、異なる描写も多いです。橘諸兄と吉備真備が敵対していたり、天女の正体が未来人だったり、源義経がよくあるヒーローではなく残忍な殺人者として書かれていたりします。
 教科書に載っている歴史との差違については、作中、登場人物の口を借りて語られたりします。【ヤマト編】においてクマソ国の川上タケルは、天皇がでっちあげている偽りの歴史=『古事記』だけが後世に残っては大変だと、『日本書紀』を書いています。しかし、それすらも後の編において「失われた」とされていて、歴史の信憑性の脆さが繰り返されます。
『火の鳥』で描かれているのは、あくまで架空の歴史、偽史です。火の鳥という、その血を飲むと不老不死になるという伝説がまことしやか囁かれ、実際に、たびたび登場する、過去の日本によく似た、しかし別の日本。ですが、実際の歴史を下敷きにしているだけあって、物語は肉厚で、リアリティは充分です。いくつもの編を読むことで、なんとかして「過去」を読み解いていこう。そんな楽しみ方もできそうです。

面白さ、その3「壮大なスケール」

 これは「架空の歴史」にも通じるところがあるのですが、とにかくスケールが大きいです。
【鳳凰編】で在野に下りた我王が【乱世編】では鞍馬天狗として再登場を果たしたり、【未来編】において猿田博士の助手として働くロビタの正体は【復活編】においてレオナとチヒロが融合したロボットですし、そのチヒロは【望郷編】においてロミとコムを救います。その他にも、大きな流れの中で時間を描きつつ、編と編の間に微妙な関連性を持たせたりして、想像力が刺激されます。
 また、特に壮大なのは、なんと言っても【未来編】でしょう。
 西暦3404年、時系列的には『火の鳥』の結末にあたる作品ですが、この編において人類は、たったひとりを残し滅びます! ただひとり生き残ったマサトは、火の鳥の恩寵を受け、絶望的なまでの時間を、ひとりで孤独に、新たな生命が誕生するまで待ち続け、最後には肉体が滅び、意識体となり、それでも人類を待ち続け、そして最後には【黎明編】のオープニングへと繋がります。
 始まりと終わりが繋がっていることや、輪廻転生は『火の鳥』において、たびたび描かれるテーマですが、特に【未来編】の壮大さは果てしないです。……具体的には、やっぱり、あの5000年待つシーンですね。最後のひとりとなったマサトが「5000年間、冷凍睡眠します」と刻まれた棺を発見し、その棺から人類の生き残りが出てくることだけを楽しみに5000年という時間を待つシーンは、いま思い出しても涙が出ます。

面白さ、その4「様々なテーマ」

 先ほど輪廻転生がテーマと書きましたが、各編では、おそらく個別に設定されたテーマが追求されており、それを読み解くのも面白いです。
 たとえば【宇宙編】におけるドロドロとした愛憎劇は、宇宙を舞台に、たった4人で繰り広げる昼ドラを極限まで追求したような作品ですし、【生命編】で描かれるクローン人間問題は、人間の人間たる所以や生命倫理について、深く考察されています。
 後は、やはり欲望に取り憑かれた人間の罪深さですね。【太陽編】において仏教という単一の宗教に支配されるのをよくないとして、大海人皇子が大友皇子を討って、天下を獲得した後の身の移り変わりようには思わず目眩を覚えました。
 また「火の鳥の血を飲むと不老不死になる」この伝説に取り憑かれた亡者たちが巻き起こす悲劇の数々にも、ほんとうに胸を掴まれます。特に【黎明編】における卑弥呼や【乱世編】における平清盛のふたりですね。いや、もう、ほんと「お前ら、他にも、色々とやることあるだろう!」と思ったりします。

面白さ、その5……の前に、

『火の鳥』は読みどころがほんとうに大きく、示唆に富んでいるので、語りだせばきりがないですし、考え始めればどこまででも考えられそうです。ここに挙げたものの他にSFとしても、かなり面白いんですよね。【未来編】【宇宙編】【復活編】【望郷編】【生命編】あたりは、かなりガチなSFと言えるように思います。
 天の羽衣の伝説をモチーフとした【羽衣編】と八百比丘尼伝説をモチーフとした【異形編】は怪奇幻想的な面白さもあります。特に【異形編】は完成度が高いので、怪談好きなら一読の価値があります。
 後はBL好きは【黎明編】オススメですね。少年ナギが猿田彦の鼻を舐めたり「好きだ!」と叫ぶシーンは、なんですかね、あれ、なんか背徳的な感じですよね……

面白さ、その5「女の子がかわいい」

 ずいぶん長くなってきたので、これを最後にします。
 最後は、女の子がかわいい、これです。
 けっこう手塚治虫を舐めていたところがありましたね。線遣いは素朴で、描かれている女性キャラも、色気があるかと問われると難しいのですが、最初の方に書いたヒナクがそうであったように、様々な想いが込められて描かれているので、表情ひとつでグッと来るんですよね
 特に記憶に残っているのは【太陽編】のマリモ、【ヤマト編】のカジカ、【乱世編】のヒノエ……後は【復活編】のチヒロですよ。見た目は無骨なロボットのはずなんですが、どうして、かわいく見えるんですかねー。

おわりに

 思いつく限りのことを書きましたが、素晴らしい大作だったと思います。
【大地編】や【現代編】といった構想はあったものの、描かれる前に手塚治虫がこの世を去ってしまったために、『火の鳥』という一連の作品としては、なんとなく未完の雰囲気が漂っていますが、それでも個々の編は、充分に読みごたえがありました。
 あ、そうそう。それで、このエントリには「大人が読んで面白い」にしたんでした。
 手塚治虫って『鉄腕アトム』や『リボンの騎士』など、なんとなく子ども向けというイメージがあったんですよね。それが【黎明編】と【未来編】を読んで、ほんとうド肝を抜かれましたよ。「こんなにガチのSFを、斬新なコマ割りで展開するなんて……! すげえ!!」と叫びそうになりました。多分『鉄腕アトム』を読んで面白かった子どもが『火の鳥』に着手したら、びっくりするんじゃないですかね。と言うか、思い出しましたよ、中学のときに【未来編】を読んで、あのナメクジが気持ち悪かったんですよね。
 うーん、おわりに、のはずが、全然、終わりそうにありません。
 他の手塚治虫も俄然、気になってきたので機会を見つけて『ブラックジャック』と『ブッダ』も読もうと思います。後『奇子』も気になってるんですよね……そんな感じで!!

火の鳥 1 黎明編 (角川文庫)

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