雲上四季

本と涙と謎解きと、愛しさと切なさとボードゲームと

あいちトリエンナーレ2013へ行ってきましたよ


 2007年に愛知県知事に再選した神田真秋氏が国際芸術祭の開催をマニフェストに掲げていたとのことで、愛知では、2010年から3年に1度の国際芸術祭として「あいちトリエンナーレ」が開催され始めたそうです。
 今年は、8月10日(土)から第2回が、79日間かけて開催されるそうです。メインの会場は、愛知県美術館を擁する愛知芸術文化センターで、その他に名古屋市美術館長者町納屋橋岡崎市などでも開催される様子。イメージ的には、かなり町中にまで飛び出してきているイベントで、美術館で特別展示されている他に、気鋭のアーティストがライブパフォーマンスしたり、町中に突然、芸術作品が置かれたりしています。実際、栄や伏見のあたりを歩いていると「なんか面白い絵が描かれてるなー……あっ、トリエンナーレのロゴがある。ってことは、これも展示なんだ!」という具合に、面白い発見が多いです。
 会場が広範囲にわたることから、一日で、すべてを見て回るのは不可能で、1日チケットを買うと、地区ごとにスタンプが押され、別地区であれば別日でも入場することができる仕組みになっています。

 と言うわけで、この土日に、会場のひとつである愛知県美術館名古屋市美術館に行ってきました。
 どちらも、かなり人が多く、盛り上がっている感がありましたね。特に愛知県美術館の方は、さすが県の名前を冠しているだけあって、充実の広さそして内容でした。美術館は、あまり行きませんが、今までに行ったところだと東京都現代美術館金沢21世紀美術館に匹敵する感じかしら。
 今回は3.11や原発事故などを受けて、テーマが「揺れる大地─われわれはどこに立っているのか:場所、記憶、そして復活」というもので、日本に限らず、世界の災害や事故や、それら被害の爪の跡や、人々の生活や、立ち直ろうという姿勢や、去った後の廃墟や、失われた後の空虚や、そういうちょっと見ていて苦しいものが多かったです。
 絵や写真、彫ったものや作ったもの。それらは、テーマに対して直接的に向き合ったものもあれば、なんら創作せずに、ありのままを切り取ったものもあれば、芸術とは、それら現象に対して無力なものであり、何も出来ないと言わんばかりに無関係なものもあったりして、出来上がったものを見ることで、作り手が芸術に対して、どのように向き合っているかも見えてくるような気がしました。

 仮に自分にあらゆる芸術技巧が備わっていて、どんな絵も描けるし、どんな彫刻もできるし、なんでもできると仮定したとき「では、なにを作るか」を考えたとき、改めて、その難しさを思い知りました。
 できることには限りがあって、その範疇で、なにを、どのように、表現するか。
 非常に興味深い体験でした。
 長者町納屋橋は屋外となりますので、10月に入って気温が落ち着いてきたら、自転車で走り回ってみようかなと思っている次第です。