雲上四季

本と涙と謎解きと、愛しさと切なさとボードゲームと

ゲーム会で心がけている気遣いプレイについて

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「秋山さん、これ遊びませんか?」と、声を掛けてもらえる人間になりたい。
 そう考えている秋山が、ゲーム会において心がけている気遣いプレイについて、今日は少し書くことにします。

声を掛けてもらえるメリット

 最初に、秋山が、声を掛けてもらえる人間になりたいと思う理由から始めます。


 理由は、シンプルに楽しいからです。


 その日、初めてお会いする方と卓を囲み、単純にゲームだけに向き合うよりも、気心の知れた仲のいい友だちと、わいわい遊んだ方が楽しいと、秋山は感じます。
 また、ゲームを主語にして考えたときも、面白いかどうか分からないゲームを遊ぶよりも、少なくとも一度は遊んで面白いことを知っているひとに「これ、面白いから遊びませんか?」と誘ってもらえた方が、面白いと楽しめる確率が高いです。


 幸い……という表現が正しいかどうか、ちょっとわかりませんが、秋山は、どちらかと言うと遊ばれたがる環境にいます。
 どういうことかと言うと、ミスボドの話なんですが、秋山自身、ミスボドにおいては大半の時間を、受付で過ごしています。これは参加者視点で見ると、


「秋山主催のゲーム会に参加したのに、主催の秋山とは、まったく遊ばずに1日が終わった」


 という状況が発生するわけですね。
 すると、ミスボド以外のゲーム会で、秋山がふらふらしているときに、


「この間、ミスボドに行ったけれど、秋山とは遊べなかったから、ここでなら遊べるだろう」


 となるです。
 これが、遊ばれたがる環境、です。
 さまざまな条件が重なった結果ではありますが、とても恵まれており、ありがたく感じます。

べつに特別な人間である必要はない

 このように書くと、特別な立ち位置にいる人間でなければ、声を掛けてもらえないのではないかとなりそうですが、別に、そんなことはありません。きちんと振る舞っていれば、誰だって声を掛けてもらえるようになるはずです。
 と言うか、特別な立ち位置にいたとしても、誘ってもらえるのは1回なわけで、そこできちんと振る舞っていなければ2回目はないわけで、状況だけに頼り切ることは不可能です。
 さて、きちんと振る舞う、と書きましたが、じゃあ、きちんってどういうこと? というのが、タイトルにも挙げた気遣いプレイにつながります。
 まあ、そんなたいしたものではないんですけれどね。
 では前段が長くなりましたが、はじめます。

あいさつ

 基本ですよね。
 よろしくお願いしますの一言で良いでしょう。
 余裕があれば、名札を見せながら名乗ったり、一言つけくわえたりしますけれど、これはその場の雰囲気によります。

コンポーネントを大事にする

 借りているゲームならば、ことさらです。
 テーブルのうえでカードをとんとんしない。曲げない。投げない。
 チップでチップを傷つけない、コマをボード上に叩きつけない、トークンは丁寧に扱う。

手番終了を宣言する

 手番を終えたら、
「エンド、どうぞ」
 を言って、次手番のプレイヤにてのひらを向けます。

むやみやたらに否定しない

 他プレイヤのアクションを否定しない。
「ええ~、なんで最下位の私を攻撃するんですかー。1位の○○さんを叩いてくださいよー」
 これくらいは良いでしょうけれども。

長考はしてもいい

 これは議論の余地があるでしょうが、秋山はしてもされてもいい派です。
 ワーカープレイスメントの場合、手番が来るまでの間に、
「1番やりたいのはこれ、2番にやりたいのはこれ」
 くらいは考えるようにしています。
 なので、たいていの場合、さくさくプレイです。
 が、他プレイヤが全員さくさくだった場合においては、1番も決められないうちに手番が来てしまうわけで、そうなると考えざるをえません。でも、さくさく進行している場においては、誰かひとりが考えている間に、他プレイヤも考えているわけで、自分が長考することになっても、その時間を使って、他の方々も考えているはずなので、あまり気にしません。

感想戦には付き合う

 感想戦に興じたい方がいらっしゃれば、片付ける手をとめて付き合います。
 何故、そのアクションを打ったのか、こうしていればどうなったのか会話します。

片付ける

 終わったら片付ける、当たり前のことです。

あいさつ

 ありがとうございます。
 基本に始まり、基本に終わるわけですね。

終わりに

 こんなところでしょうか。
 こう書き連ねてみると、ほんとうにふつうのことしか書いてないですね。
 できるひとなら息を吸うようにしぜんに、まったく違和感なく普段からやっていることでしょうけれども、逆にできないひとだと、


「こんなにも多くのことを考えながら遊んでいたら、まったく気が休まらない!」


 と感じるかもしれません。
 これは教育とか、マナーの領域かもしれませんね。最初は意識しないと実行できませんが、ずっと繰り返しているうちに、それがふつうになる。そう言えば、子どもの頃は、けっこう厳しくしつけられた気がします。
 後は、秋山自身の性格によるかもしれませんが「優雅な生活こそ最高の復讐である」という言葉が好きなんですよ。誰に復讐しているかは、よく分かりませんが、優雅な生活は、いつも意識して生きています。
 是非、皆さんも気遣いプレイで優雅なゲーム生活を送ってください。