雲上ブログ〜謎ときどきボドゲ〜

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『約束のネバーランド』が面白いのは叙述トリック満載だからでは

 白井カイウ原作、出水ぽすか作画による漫画『約束のネバーランド』を、最新刊の12巻まで読みました。
 SCRAPとコラボして、リアル脱出ゲーム化されることが決まったので、良い機会だと思って読んでみたのです。微ネタバレでお送りします。

約束のネバーランド 12 (ジャンプコミックスDIGITAL)

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今風のスピーディでトリッキィな展開

 読み始めは、とにかく今風だなと感じました。
 めちゃくちゃ漫画を読むにんげんではないので、やや誇張と憶測を交えることになりますが、最近の漫画って、とにかく引きを意識していることが強いように思います。特にスマホアプリの無料で読める作品、『天空侵犯』や『圧勝』など。
 背景として、読み手が忙しくなってしまい、じっくりと腰を据えて物語を展開させるだけの余裕が出版側、編集側になくなったのではと思っています。とにかく、スタートダッシュを決め、早期にファンを集め、立ち上げていかないと、走り始めることすら困難なのではないでしょうか
 それが故に、最初の数ページに衝撃的な展開があったり、ときに残酷だったり悪趣味だったりする描写が多いように感じます。

代表格は『進撃の巨人』

 予断のならない展開で、ぐいぐい読ませる今風な漫画の代表格としては、諫山創による『進撃の巨人』がありますね。
 巨人に支配された世界に暮らすエレンたちの物語は、とにかく奇想天外な展開の連続で、次から次へと謎が飛び出て、いっこうに読み止めるタイミングを見いだせませんし、どんなに可愛らしいキャラでも、ページをめくった次の瞬間には死んでいる可能性があるので、まったく落ち着けません。
 これくらい忙しい漫画が流行ってしまうと、同様に忙しい漫画が増えそうだなあと思っていたので、やっぱり忙しい『約束のネバーランド』には納得を覚えました。

違いのひとつは死の扱い

 個人的には『進撃の巨人』より『約束のネバーランド』に対して、好印象を抱きます。
 死の扱いが主な要因です。
『約束のネバーランド』の舞台は、人を食らう鬼によって支配されているので、主人公のエマたちは耐えずその脅威にさらされていますし、鬼による人食いのシーンも度々、描かれます。
 しかし、その死には、どこか尊さがあるように読んでいて感じました。あるいは哲学。
 物語の要請に従って、命を落とさざるをえないキャラは、もちろん死にますが、そうでないキャラが不用意に死ぬことはないのです。言ってみれば、読み手を驚かすためだけの死はないわけです
 人間をていねいに描いているように感じられ、好ましく感じます。

読み手をあざむく叙述トリック

 さて、そろそろタイトルに書いた叙述トリックについて。
 ご存知でない方に説明すると、これはミステリの用語のひとつです。通常、トリックというのは、犯人が探偵に対して仕掛けるものです。たとえば殺人を自殺に見せかけるために密室を作り出したりです。
 一方、叙述トリックは、作者が読者に対して仕掛けるものです。たとえば、ある人物を男性のように描いておいて、実は女性であっただとか、ある場所を、まるで違う場所のように描くなどです。もちろん、作中の人物からすれば、ある人物を見れば女性であることは一目瞭然なので、叙述トリックは物語の内側では、まったく意味をなさないのです。
 また、叙述トリックのひとつに、信頼できない語り手というのもあります。具体的な作品名は避けますが、ミステリには、主人公である語り手自身が犯人である作品があります。もちろん主人公は自分が犯人であることを知っていますが、まるでそうではないふうに独白したりして、それを読んだ読者は「語り手は犯人ではありえない」と思ってしまうわけですね。

漫画における叙述トリック

 好きな漫画のひとつ、荒木飛呂彦の『ジョジョの奇妙な冒険』がありますが、シリーズでも随一の人気を誇るキャラに、岸辺露伴(きしべろはん)という漫画家がいます。ジョジョ好きはみんな好きです、もちろん秋山も好きです。
 岸辺露伴の有名なセリフのひとつに「だが断る」というのがあります。このセリフだけを聞いたことがある方も多いことでしょう。でも、どうして、このセリフが有名で、どうしてカッコいいとされるかは、あんまり知られていないように感じます。
 これは、ハイウェイスターという敵と戦うときに放たれた言葉なのですが、岸辺露伴がけっこうな窮地に立たされるのです。言わば絶体絶命の状態です。そんななか、ハイウェイスターが、岸辺露伴に甘いメッセージを囁きかけます。ハイウェイスターの誘いに乗れば岸辺露伴の命は救われます。それほどに、ハイウェイスターのセリフは魅力的でした。きっと、岸辺露伴がハイウェイスターの甘言に乗り、その誘いを承諾することだろう。おそらく、すべての読者は、そう思ったことでしょう。
 でも、実際には異なりました。
 次のコマに書かれていたセリフは、


「だが断る」


 だったのです。
 承諾されるであろう誘いを断ったからこその「だが」なわけですね
 断った直後に、岸辺露伴は補足するのです「この岸辺露伴が最も好きな事のひとつは、自分で強いと思ってるやつに『NO』と断ってやる事だ」と。この流れに多くの読者が痺れ、そして憧れることになるのですが、これは漫画的には奇妙な話です
 だって、岸辺露伴自身は、自分の性格を知っているはずだからですし、早々に断るという決意を固めていたはずです。従って、他ならぬ彼にとってだけは、この「断る」は不自然でもなんでもなく「だが」ではないはずなのです
……ちょっと話が逸れてしまいました。「だが断る」について、なんやかや言いたかったわけではなく、この技法に叙述トリックを感じた、そう言いたかったのです。

約束のネバーランドにおける叙述トリック

『約束のネバーランド』を読んでいて感じたのは、とにかく「だが断るが多い……!」です。
 たとえば敵に追い掛けられるシーン。その表情は「万策尽きた!」と言わんばかりで、額からは汗を流しています。吹き出しの外側、独白として「ヤバイヤバイヤバイ」みたいな文字も書かれています。でも、次の瞬間「しめた! 罠にかかった!」とか、会心の笑みでガッツポーズになったりするわけです
 訳が分かりません。
 あの「ヤバイヤバイヤバイ」は、いったい誰から誰へのメッセージだったのでしょうか。
 秋山には、どうにも、これが、キャラクタ自身の言葉というより、読み手を驚かすために、作者が注入した、キャラクタの偽りの言葉のように思えてなりません。

解釈しようと思えばできる

 ここまで書きましたが、別に、解釈しようと思えばできるんですよ。
「敵を欺くにはまず味方から」をさらに発展させて「敵を欺くにはまず自分から」を実践しているわけですね。敵が、こちらの反応すべてを見ていると仮定すれば、自己暗示を兼ねて「ヤバイヤバイヤバイ」という独白が生じさせないと、敵を欺けないわけなので、一定の納得は得られます。
 でも、それにしたって多いんですよね……。
 ここで、上述の、信頼できない語り手に話が戻ってきます。
『約束のネバーランド』に登場するキャラクタ……の中でも、特に頭の良いとされるキャラは、だいたい独白と行動が一致しないことがあるので、もうすっかり疑わしく見えてしまい、最近では、ちょっとやちょっとの窮地でも「どうせ、これも予想していたとか言い出すんでしょ」と冷めた目で読んでしまい、自分でも悲しくなってしまいます。どうしたものですかね。

ストーリィは面白い

『約束のネバーランド』は、スピーディでトリッキィでありながら、テクニカルでもあるので、とにかく読んでいて面白いです。ページを繰る手をとめられません
 しかし、その一方で、キャラクタに対する魅力は、彼らが信頼できない語り手であることもあり今ひとつです。エマが好き! とか、レイが好き! とか、断言できないんですよね。だって、あのエマの可愛らしい満面の笑みでさえ、もしかしたら嘘かもしれないと思うと、もう……。
 キャラクタと言えば、役割分担が明確で面白いなと感じました。『ワンピース』のルフィもそうですけれど、主人公が、言わばリーダーですよね。こっちの方向に進もうぜと指差すタイプ。実際に頭を働かせ、足を動かすのは、他のメンバーだったりするので、興味深く感じます。
 後は、タイムリミットが明言されているのも、新鮮です。ソシャゲーじゃないですけれど、人気の出た作品は、得てして引き伸ばし工作がされがちです。しかし、この作品の場合、度々、タイムリミットが明言されており、順調に期限が迫っています。永遠にダラダラと続くわけではなく、いずれ何らかの形で決着がつく物語である。というのは、ふしぎな安心感があると同時に、終わってほしくないもっと読みたいというジレンマを生み出しますね。

終わりに

 13巻から、また新しい展開を迎えそうな予感があるので、ちょうどよいところまで読み進めることができた、と思います。
 連載をリアルタイムで追い続けるのが苦手なので、しばらく置いておいて、またタイミングを見て、一気に追い掛けます。