「それは先生が後にご自分の理論を覆されるかもしれないと、そういうことですか?」インタビュアーは目を丸くして訊いた。
「そこまでは言っていない」カメラの前で、博士は手を振った。「人の思考とは絶えず変動するものであり、意見は時と場合とに左右される。だから、明日の私が今日の私と同じ意見を持っているとは限らない。ただ、それだけのことだ」
「なるほど……」とインタビュアーは頷いてみせたが、ほとんど判っていないようだった。次の質問はそれまでの話の流れとはなんら関係がなく、博士は話を合わせるのに苦労した。
あるとき、博士は講演会で、けして変わることのない不変の意見を持てと言った。ゼミのレポートや課題ならまだいいが、卒論ともなると、後から「気が変わりました」と訂正するのは難しい。したがって、何か公式な文章を書くときは、十年も二十年も変わらない意見を持って書きなさい。そう締めくくって博士は壇を下りた。
待合室で一服していると、見知った教え子がやってきた。教え子は先日、放映されたインタビューを見たらしく、そこでの「意見とは変わるものなのだ」という発言と今日の講演会での「変わらない意見を持ちなさい」という発言のどちらが博士の本意なのかを訊ねた。
博士は笑って答えた「少なくとも、意見は変わるという意見は不変だ」