雲上ブログ〜謎ときどきボドゲ〜

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MOON VIEWING

 夜の海は墨汁のように黒く、水面は極限まで研磨された鏡のように月明かりを跳ね返していた。ときおり、波が白い線条を刻み、それは覗きこむ希を深海の底へと誘うかのように揺れた。
 海面から目を逸らさぬまま、希は手許のワンカップを傾け、わたつみに酒を捧げた。透明な液体は海に飲みこまれ、塩水に溶けた。一拍。希を許すかのように、ひときわ強い波が眼下の崖にあたって砕けた。
 空になったワンカップを持参したバッグの中に放りこむと、希はその場で服を脱ぎ、一糸まとわぬ姿になる。月下に自分の姿を誇るでもなく、希は淡々と、そして迷うことなく漆黒の海面に飛びこんだ。
 飛沫が上がるのを聞きながら、希は海の底を目指す。夜の海に漂う魚を追いぬかし、海の神の加護を得た希は、海底へと泳いでゆく。やがて底に着いた希は、ふわりと巻きあがる泥や砂をまとうようにして仰向けになり、頭上の海面を見上げる。
 揺れる波の向こう、ぼんやりと、朧に輝く満月が見えた。
 月に一度、希はこうして海の底から天上の月を望む。


『月をみるひと』438文字