雲上ブログ〜謎ときどきボドゲ〜

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DEAD LINK

「例えば私が日頃生活している空間。世界全体から見れば極めて限定的で狭い空間ではありますが、それが私の目が届く範囲、手が伸ばせる範囲、それが私の世界となります。そして私が私の世界を持っているように、貴方も貴方の世界を持っており、そこの貴方もご自分の世界を持っておりますし、世界中のすべての人間はそれぞれの世界を持っており、そういった何十万人分もの世界でこの世界は構成されているのです」
 口うるさい女だ……と、ベッドに腰掛けている男は思った。窓際のソファーに寝転がっているはずの男はどうしているのだろうと振り向いてみれば、彼は顔の上に帽子を被っていた。眠っているのか、その振りをしているのか。
「個々の世界が連結し網状を演出するのは、人間の脳細胞や曼陀羅――そして、インターネットを連想しませんか」
「しないね」
「そうですか、それは残念」
 つい答えてしまった男は、しまった、とでも言うかのように顔をしかめた。
「私が喋るのは迷惑ですか」
「ああ」
「では、そろそろ終わりにします。……私が死ねば、私の世界が消え、私の世界と他の世界を繋いでいたシナプスは、緩やかに消失します、それが忘れられるということです。判っています、人質に顔を見せる莫迦な誘拐犯はいませんよね。私は殺され、私の世界は失われるのでしょう。けれど私ひとりが死んだところで、世界全体から見れば、それは小事。かなしいことですが、本当のことです。ですから、いいのですよ、殺しても」
 ソファーで寝ている男は、起きてこない、女の話を聞いていた男はベッドから立ち上がるとゆっくりと女に歩み寄る、女は抵抗する素振りを見せない、静かに瞬きしている、手を伸ばす、首を掴み、握りしめる、女の顔に苦悶は浮かばない、安らかな悟り、穏やかな微笑み、断ち切られてゆく、零れ落ちてゆく、少しずつ、少しずつ、少しずつ、少しずつ。
 世界が終わった。


『世界の終わり』791文字