何かの拍子にベッドから落ちてしまったのだろう。赤毛の人形は、明かりの差しこむことのない、狭い隙間に身をうずめている。もうどれぐらいそうしているだろうか。日めくりカレンダがめくられる度に立てる、かすかな紙の音も数えるのを止めてしまって久しい。今はただ、すべてが懐かしいと思っている。少女の腕に抱かれ、ままごとにふけり、寝食を共にした日々のこと。記憶は損なわれることなく、人形の中で静かに息づいている。
やがて大人になった少女が、人形を見つける日が訪れるだろう。それがいつになるかは判らない。まだ当分先なのか、それとももうじきなのか。しかし、いずれにせよ、人形を包む埃が払われたとき、人形の中に眠っている懐かしき日々は、少女の中に孵るだろう。
再会するときを待ち遠しく思い、人形は今日も色褪せた天井を見上げている。