雲上ブログ〜謎ときどきボドゲ〜

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MEGALOMANIA

 そこに、大地に穿たれた楔があった。
 それは巨大な岩の塊で、表面には無数の殴打の痕が残っていた。その岩に残された拳のひとつひとつが、名のある格闘家たちの軌跡で、また彼らの求道、究極、幻想。
 その岩は確かに頑丈だ。しかし、打撃に打撃を積めば、やがて崩れ落ちるのは必定。また、科学によって生成された兵器を用い、撃破するのも容易い。しかし今日に至るまでその岩が破壊されることなく、保たれてきたのは紛れもない事実。そしてその事実にこそ、格闘家たちによって脈々と歩まれてきた道は認識される。それは導標、聖域、幻想。そのなんと強大なことか、そして逆説的に講ぜられるなんと脆きことか。
 ここにひとりの格闘家がいた。彼の名は八神護。先人たちによって打ちたてられ、格闘家の道を虚飾する、幻想を破壊せしもの。拳を構え、閃き一つ。彼は己が拳を、着撃の寸前で止めた。
――もし一撃で破壊できなければ?
 惑いが彼の内側を埋め尽くし、喰い散らかしてゆく。それはかつてこの岩と相対した格闘家のすべてが直面した恐怖、困惑、幻想。そして格闘家たちの敗北の歴史、墓標、幻想。あるいは己自身から生じる、不安、迷妄、幻想。
 想い打ち破り、己に打ち克ち、我に惑い無し。彼は見事、岩を破壊し、崩落せしめた。
 後に残るは彼自身という伝説――これもまた、幻想なり。


『楔』564文字