「それは甘い展望だと言わざるを得ないな」濃紺のコートをひるがえして男は言った「君はその鋼鉄の精神と不屈の魂で僕を説得した。僕が君の手駒でいる限り君の進む道は、しっかりと舗装され、石橋は叩く必要もない。しかしね、牙は研ぎつづけなければ、いずれは折れる。魂も磨きつづけなければ、いずれは腐る。そうなったとき、僕は君の傘下から抜け出すだろう」
「私が、油断している――そう言いたいの」
「そう言っているつもりだが」
「はは」女はわざとらしく笑ってみせた「そんなこと、判ってるわよ、当然」
「なら構わない。ただ、注意しただけだよ、取り違えないようにと。目的と手段とをね」
言い終えた男は、文脈に何ら関係のない微笑みを見せてから去っていった。
後に残った女は、拳を握りしめて唇を噛んだ。男を味方につけるまで、彼女は幾夜もの眠れない夜を過ごし、血の滲むような努力を積んでいた。これ以上、どう頑張れというのだろうか。
それでも。
女は立ち上がり、空を仰いだ。
今までのは前座。これは始まりに過ぎないのだと。
