老兵士は刀を手に、寝床を抜けだした。
居間の灯かりは残され、床はすっかり冷たくなっていた。家族の気配はない。
そっと外を伺うと、街の出口に数人の村人と、彼らが守るべき姫が口論していた。村人たちは姫を先に逃がそうとしており、姫は村人たちを先に逃がそうとしていた。
老兵士は舌打ちした。村人が先に逃げだそうと、姫が先に逃げだそうと、そんなことは老兵士の知るところではなかった。どっちが先でもいいから、さっさと逃げだしてしまえと老兵士は思った。
村のもうひとつの出口に人気はなかった。息を切らした老兵士は、入口の門に老体を預けると、腰から下げていた水筒の中身を呷った。
「……カッ」
水筒の中身は火酒であった。度数の高いアルコールは、老兵士の咽喉を焼き、神経の多くを麻痺させた。
いっぱいに満たされていた酒を飲み終えたとき、老兵士の顔は真っ赤だった。しかし、手足の震えは収まり、曲がっていた腰は伸び、重かった伝家の宝刀は軽くなった。
やがて敵国の兵がやってきた。
老兵士は先兵隊の最初のひとりを、無造作に斬り捨てた。
残りの兵士たちが次々と老兵士に殺到する。敵国の兵はみな若く、その動きは俊敏で正確だった。多勢に無勢の劣勢だったが、老兵士は黙々と武器を振るった。
長い長い夜が始まった。