雲上四季〜謎ときどきボドゲ〜

本と涙と謎解きと、愛しさと切なさとボードゲームと

「どうして分冊するのか」という問いが発生する理由

 発売される前に推理してみよう。

西尾維新『零崎双識の人間試験』1365円

 この値段の秘密は、竹氏によるカラーイラストがいっぱいだから!!


 浅木原さん(id:asagihara)とこと、うたたねこやさんとこを見て、「どうしてライトノベルは分冊するのか」という問いが発生する理由、つまり分冊する異常性を指摘するのを忘れていた。
 いや、指摘すると言うか、何と言うか、この分冊は言うまでもなく異常ではないだろうか? 一冊にまとめられるところを、敢えて二冊にしているのだから、これは単発物的なシリーズの中にあって明らかに不自然。一個の物語としての完成度も落ちるし、物によっては「引き」という小説技法が使われているわけではなく、分冊することによってデメリットしか生じていない。また、単発物と思って手に取った読者に対し、続き物だと明かさないのは裏切りでもある。どのような理由があって、こんな不手際を起こしてまで一冊にまとめず、分冊するのか……と簡単に言ってみるものの、そもそも「一冊にまとめられる」であるかどうかが疑わしい。と言うより、浅木原さんが指摘している通り、川上稔の最新刊があんなにも分厚いのは、広告欄その他を利用した裏技的分厚さであって、通常は実現しえない。だとしたら、秋山が言っていることは嘘八百ではないか――、
 と、なるわけではない*1そもそも、上巻と下巻のページ数を足したら電撃文庫の限界ページ数を突破するから、戦略的に上下分冊しているわけではない、という認識が誤っている可能性がある。換言すれば、意図的にページ数を増やし、上下分冊しなければならないという状況が作り出されているのではないか、という疑問が発生する。
 ややこしいので、まとめれば、225ページの上巻と240ページの下巻が作られたのは、合計ページ数が465ページとなり、これが電撃文庫の限界ページ数を突破しているから分冊された――のではなく、作家(あるいは編集者)がもう少しで限界ページ数を突破できそうだからという理由で水増しを行い、わざと分冊しているのではないだろうか、と。
 これがいわゆる、成歩堂流「推理の逆転」というやつだな、多分。
 で、上記のような理由の元、「それでは、わざと分冊する理由とは何だろうか」という疑問が発生し、昨日のような長文を書いたわけ。


 あー、洗濯物ほさな。

*1:当たり前だ!