雲上ブログ〜謎ときどきボドゲ〜

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三上延『ダーク・バイオレッツ』

 自主休暇中に三上延ダーク・バイオレッツ7 神の書物』を読みました。電撃文庫より刊行されているこのシリーズですが、レビューサイトを探したら「地味」「普通」などの感想が多く見つかると思います。こちらは以前、紅蓮魔さんがライトノベルを探していたときに自分が推した一作で、ライトノベル系レーベルから出されているとは思えないほど堅実に作られているシリーズです。全七巻のシリーズで、少し読むのに時間が掛かると思いますが、格好いいフレーズがあったり、燃える(萌える)シーンがあったりする瞬間最大風速的に面白い作品よりも、じわじわと心に押し寄せてきて、読み終わった後にじーんと心が温まるような作品を求めている人は、是非。
 軽く物語について触れますと、ある街を舞台に特殊な力を持った少年少女たちが街を襲ってくる悪者と戦うというものです。まあ、簡易な言葉にしてしまうと、チープな感じが生まれてしまいますが、この作品の見所は高年齢者が上手く描かれている点。こういった設定を持つストーリィですと、大抵は特殊な能力を持ったもの同士が奇策を尽くして戦う……というのが定石ですが、この作品においては、そこに一般人を放り込まれているんです。何にもできないけれど主人公たちに頑張らせる要因となるような、日頃から辛く当たっているけれど実は誰よりも主人公たちのことを案じてくれているような、そういった存在が実にさりげなくさりげなく描かれていて……最高です。

 ドアの前に置いてある食器棚が、鈍い音とともに震えた。
(そろそろだな)
 尾沼はそう思ったが、振り返りもしなかった。要子はふと、テーブルの上に、キルトのティーコゼーが乗っていることに気付いた。地震が来る直前、尾沼とお茶を飲んでいた時、ディーポットの上にかぶせておいたものだった。なんとなくコゼーを持ち上げると、その下の白いティーポットは奇跡的に無事だった。
 彼女は取っ手を持って中身を確かめる。
「……まだ残ってるわ」
「一杯いただけますか」
「冷えてますけど、よろしいかしら」
「もちろんですよ」
 要子は無事なティーカップに紅茶を注ぎ、尾沼の前にカップを置いた。その背後で食器棚がぐらぐら揺れている。もう一押しで倒れるだろう、と尾沼は思いながら一口飲んだ。
「うまいですな」
「よかったわ」
 二人は顔を見合わせて笑った。その途端、ゆっくり食器棚が倒れてきた。

 何て言うか……涙ぐまざるをえない。
 このふたり、脇役のおっさんおばさんなのですよ。それが敵襲の渦中において、お茶を飲んでいる。しかもバリケード代わりの食器棚は、自分たちを守るためのものと言うより、主人公たちの時間稼ぎのためのもの。もう最終巻においては、今まで少しずつ物語に関わってきた人物の誰もがこんな感じで。読了の瞬間は思わず溜息をついてしまう出来栄え、素晴らしかったです。