雲上ブログ〜謎ときどきボドゲ〜

オススメの謎解き&ボードゲーム&マーダーミステリーを紹介しています

再始動する七月

 狂いと病みとは不健全な思考と言い換えることもできます。つまり一般的でない思考、通常はできない種の思考です。狂えば狂うほど、病めば病むほど、思考は一般的なそれから離れ、異常性が増していきます。そしてそこに価値があります(普通でないから=特殊だから)。秋山はエッセイを書くときに、その題名によく「complicated context」という言葉を使います。直訳すれば「複雑な文脈」ですが、秋山は「複雑な思考」として使っています。複雑――それこそ、秋山の思考法を一言に収斂させたものです。何かひとつの物事を考えはじめても、絶対にその答えへ一直線に行くことがない。回り道して寄り道して、三歩進んで二歩戻り、もうとにかく疲労して、しかもようやく手に入れた答えも一言や二言で言い表わせるものではないのが大概です。ときには答えから遠ざかることもあり、また答えの中に問題のその答えを否定する内容を含んでいることもあり、言ってみれば、矛盾を内包する思考法なのです、複雑思考とは。しかも狂えば狂うほど、病めば病むほど、思考は複雑を極め、常人の理解を退け、ときには持ち主である自身に操られることすら拒否します。ここからはいつかの授業の続きとなります。かつて秋山は、自身の書く小説をして、読者の理解を拒む小説だと称しましたが、それは微妙に誤っていたことに気付きました。つまり、より本質的には、秋山の創作は読者を拒むのではなく選ぶのです、幾重にも壁を用意して、読解能力や想像力に欠ける読者をカットする作用を持っていたのです。とは言え、この壁は作者である秋山自身が複雑思考とそして小説を書く能力を、完全に使いこなせているときにだけその能力を発揮するため、不用意に書かれた小説の大半は、読者をブロックする能力だけを持っていて、壁を壊すことに成功し、壁にプロテクトされていた何かを手にすることができた読者に対しては非常に不親切でした。一言で言えば、面白くないわけですね。狂えば狂うほどに、病めば病むほどに、書かれる小説の難易度は高まっていき、読者がそれを手にしやすいように架け橋を架けてやらないと、つまり作者から読者へとアプローチを掛けなければ、秋山の小説は難易度が高い上に攻略するのも難しい創作となりえます。面白くとも何ともなく、あるいはこの点においてのみ、感想を貰えない作者を自称している秋山は、自分から読者を排しているのだと言えるのかもしれません。しかし、最近はそれはそれでいいんじゃないだろうかと、ゆとりらしきものが生まれました。暇人らしく。つまり、一部のファンは、秋山の小説に純文学性を見出しており、張り巡らされた壁を壊すことを楽しみと見ている節があるのです。結構なことだと思います。そういう視点も合っておかしくないでしょう。それでは秋山に課せられた任務はと考えたとき、そこには選択肢がふたつあります。ひとつは書かれる内容を高度にすること、もうひとつは壁を低くすること。迷うまでもありません。選択すべきは前者です。第三の選択肢を探してもいいですが、ここは飛躍を求める文脈ではなく、より女性的に、ロジカルに思考を進める場面だと判じます。結論、どうやら秋山はもっと狂い、そして病む必要があるらしい。これ以上、どう苦しめと。
 先月の読了は28冊でした。その中で素晴らしかったのは、冲方丁カオスレギオン03 夢幻彷徨篇』と西澤保彦『七回死んだ男』の二冊。後、伊坂幸太郎麻耶雄嵩を読むと宣言していたのに、伊坂は一冊しか読めず、麻耶は一冊も読めなかったのが残念。今月は特に誰を読むとは定めずに、広く浅く、傑作と呼ばれる作品を読んでいきたいと思う。