雲上四季〜謎ときどきボドゲ〜

本と涙と謎解きと、愛しさと切なさとボードゲームと

再喫煙する金曜日

 昨日は久々に煙草を喫いました。最後に喫ったのが六月十五日だったのでちょうど一ヵ月半ぶりですね。レポートを書いて指導案をまとめ『雲上』の配信準備を行い、大学でミーティングと模擬授業を終えてから、松と回廊の打ち合わせをしに町田に行きました。その日は昼前から高校時代の先輩たちが遊んでいたので、それと合流し飲み会へ。このところ普段以上に衝突と喧嘩を繰り返していたので、わりと美味しく飲めました。
 弱くなる、ということについて考えてみました。目標が達成され、夢が叶い、望みが満たされたとき、人は弱くなるのでしょうか。無駄や余剰が増え、人前で隙を見せ、より多くの休息を要すようになり、限界を恐れ、安全圏に留まるようになるのでしょうか。秋山は弱いです。だから弱音は吐くし、躊躇したりもします。しかし同じ過ちは犯さないし、一度経験すれば次は動揺しないし、弱点は克服しようともします。特に確信することに長けていると思います。食欲も睡眠不足も、もはや敵ではありません。空腹や眠気など意識しなければそこに無いも同じです。人間は水だけで二週間生きられますし、日々数時間の睡眠だけで生活することも不可能ではありません。そこにふかふかのベッドと豪華な食事が用意されていても、それを無視し茨の道を突き進むことができれば、自身の最強性を確信できさえすれば、そうなってしまえば道を阻む敵など絶無です。勿論、健康には悪いでしょう。仙人が暮らしているような清浄な空気を持つ山奥で暮らしているわけではないのです。いつかは改善する必要があるでしょう。秋山だっていつまでも無理を通す訳ではありません。今はただ、自身がけして安易な選択を採る人間ではないと自分自身に対し証明したいだけなのだと思います。あるいは、この姿勢はいずれ秋山が先を見失い、弱くなってしまったとき「かつて自分は強かった」と自分自身に言い聞かせるための言い訳なのかもしれません。と同時に、その逆「あのころ自分は弱かった」と、過去の自身の未熟性を笑えるかもしれません。少なくとも、未来に可能性を見ていられる今の秋山は、けして弱くないでしょう。秋山は弱くない。これは絶対。