雲上四季〜謎ときどきボドゲ〜

本と涙と謎解きと、愛しさと切なさとボードゲームと

ライトノベルを定義しなければならない理由

 書店員の方および同人で小説を書いたことのある方であれば、賛同を得られるだろうと期待しますが、ノンジャンルの作品は売りづらいという法則……というわけでもないですが、その傾向があるように思います。
 つまり、ミステリというジャンルに含まれる小説ならば「とりあえずミステリと帯に書かれていれば買う」という読者による購入が見込めるのですが、ノンジャンルだとそうもいかないわけです。ジャンルをわけ隔てなく読んでいる読者が、ジャンル小説読みと比較して多いか少ないかは分かりませんが、その興味が分散してしまい、仮にジャンル小説読みの十倍も乱読家がいたとしても、高い効果が見込めないからです*1
 で、ライトノベル系サイトの間でどうして定期的に、定義論が盛り上がるのか。もしくは、どうして「この作品は私にとってライトノベルです」というラベリングがキャッチフレーズになりえるのか。それはライトノベル系サイトの管理人が、ライトノベルという言葉にパワーを感じているからではないでしょうか。
「帯にライトノベルと書くと売れる」と言うわけではないですが「この作品はライトノベルです」という言葉が、ある種のお勧め文句として効果を発するように思います。と言うか、少なくとも秋山は効果があるように思っています。いえ、実際に使ったことはありません。たとえば「ライトノベル読みにこそお勧めする」のように語感を和らげますが、ライトノベルであること、もしくはライトノベルに近しいことが、ライトノベル好きな読者にお勧めする際に選択するフレーズであると思っていることには変わりません。


 本の感想を書く動機は、人によってそれぞれでしょうが、秋山のように「未読のひとに紹介すること」を、強く考えている管理人のサイトでは、やはり「これはライトノベル、これもライトノベル」と、ライトノベルの範囲しがちに思います。
 と言うわけで、どうして定義論が盛り上がるのか、その理由をちょっと考えてみました。

追記

 考えてみれば、こういったニュースを見る限り、ライトノベルがある種のパワーを持っているというのは、立証済みと思っても問題なさそうですね。

*1:余談になりますが、以上を考慮すると近年、帯にミステリと書くと売れないと囁かれたのは、この「帯にミステリと書かれていれば買う」読者の総数が減ったからではないでしょうか