雲上四季〜謎ときどきボドゲ〜

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ベクシンスキーの画集を3回も借りてしまうのは何故か?

 ズジスワフ・ベクシンスキー。
 痛いニュースの『「世界で最も怖ろしい」絵』で取り上げられたこともあり、ネット上では、そこそこの知名度を持っていると思われるポーランドの画家。本読み的には、平山夢明『ミサイルマン』の表紙のひとと言えば分かりやすいかもしれません。現代のマニエリスム画家として評価されていたのですが、2005年2月末に強盗に殺害され死亡。享年75歳。
 その画集を先日、図書館から借りてきました*1
 ベクシンスキーの作品が芸術的にどうであるかは、特に書きませんし、書けません。興味のある方は検索すれば幾つか出てきますし、ニコニコ動画にアップロードされています。


 ベクシンスキーの絵は、建造物をモチーフにしたものと人間をモチーフにしたものの二種類に大別できるように思います。損壊した建造物、損壊した人間。どちらも損壊=ディスフィギュアと呼ぶに相応しく、既にかつてのかたちを失ってします。それらを見たとき、いつも想像することがあります。それは「ここに描かれているのは、どこか遠い、我々が知覚しえない星々の向こうにある景色なのではなく、我々が今現在、生活し、過ごしているこの地球の未来の姿なのではないか」というものです。風化し、自然と同化しかかっている建造物と、骨ばり、不自然な土気色の肌を持つ人間たち。なんらかの、人間が存在しなければ発生しなかったであろう、科学的な、もしくは化学的な災害によって滅びてしまった、もしくは滅びを迎えつつある地球の光景のように思えるのです。それもけして遠い未来の話ではなく、むしろ今までに人類が選んできた道が、もしひとつ隣であったならば、既にこうなっていたかのような。そんな気持ちの悪い、幻想に身を蝕まれそうになります。
 画集を捲るたびに、もう二度と目にしたくないなと思う一方。いずれまたどうしようもなく求めてしまいそうです。

ミサイルマン―平山夢明短編集

ミサイルマン―平山夢明短編集

*1:都合3回目。