雲上四季〜謎ときどきボドゲ〜

本と涙と謎解きと、愛しさと切なさとボードゲームと

映画『おおかみこどもの雨と雪』を見てきたが釈然としない

 めったに映画を見ません。
 最後に観たのは『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』もしくは『サマーウォーズ』のどちらかなので、映画館に足を運ぶのは都合3年ぶりになります。
 テレビで放送されるものや、DVDでは時々、見ますけれど、涙もろいので、映画館は苦手です。意を決して、映画に行ったのは、ネタバレを受けてしまう前に見たいなあ、と思ったからです。
 さて。
 えー、本エントリはネタバレ満載です。
 事前知識なしに楽しみたいひとは、観終えた後に来て頂けると幸いです。ちなみに、観終えたひとを対象に書いています。

おおかみこどもの雨と雪

おおかみこどもの雨と雪

  • 発売日: 2018/04/25
  • メディア: Prime Video

観終えた後に思ったこと

 昨年末、テレビで放送されていた『借りぐらしのアリエッティ』を観たとき、エンディングロールが始まった瞬間に「え、ここで終わり!?」と思ったのですが、あの時を凌駕する衝撃に襲われました。おおよそ、終わらないと思っていたタイミングで終わったからです。
 エンディングロールの間、新たな映像が流れることもなく、エンディングロールの後、後日談のような映像が流れることもなく、場内のライトが復活し、映画が完全に終わったことが分かりました。
「釈然としない」
 それが、明るくなった後、最初に思ったことです。
 なんとなく場内が暑く感じられ、余韻に浸かることもなく、さっさと座席を立ちました。

釈然としない理由

 本エントリでは、どうして納得感が得られなかったのか。もやもやしているそれを、言語化することで、自分の中で落ち着きを取り戻すと同時に、自分の立ち位置をクリアにすることを目的とします。

引っかかった場面

 釈然としなかった理由は、シンプルに言うと、秋山の中にある、ある種の方法論、もしくは考え方に、この作品が則っていないからです。
 たとえば家事のシーン。作中において花が、洗濯物を畳んだり、料理をしたり、片付けをしたり、畑を耕したりするシーンが、度々、描かれますが、それに対して、子どもたちが手伝うシーンは皆無に近いです。
 唯一、秋山が記憶しているのは、嵐が訪れたときに、雨が、花に、雨戸を渡してあげるシーンだけです*1
 どうして花は、子どもたちに家事を手伝わせないのか。ふたりが小学校に入る前までは「まあ、そういうこともあるであろう」と思ったりしましたが、小学校の高学年になってからも家事をするシーンがないのは、個人的には、かなりの違和感でした。

違和感を感じさせないハイスピード

 観ている間は「この子たちは、家事をしないなあ」と思う程度でしたが、観終えた後、落ち着いて振り返ってみると、色々と変な場面が多かったです。いえ、正確には、変な場面が、少なかったです。
 物語をゆっくりと振り返ってみると「花が彼と付き合うことにした理由」「花が出産を決めた理由」「花がひとりで子どもたちを育てていく理由」それらは、本来であれば、一大決心レベルの覚悟が求められるように思いますが、わりと、あっさりと流されたいたように思います。
 また、雪と雨の小学校での生活においても「父親がいないのは何故か」「姉弟で身体が違うのは何故か」「自宅にケータイやゲーム機がないのは何故か」といった、子どもたちが感じて当然の疑問が華麗にスルーされていました。
 今にして思うと、これらがスルーされているのは、明らかにおかしいのですが、観ている間、すんなりと看過してしまうのは、物語が、極めてハイスピードで展開されているからだと思います。
 彼が、花に対して、自分が、おおかみおとこであることを明かしてから、不条理にも死んでしまうまでの体感時間は5分くらいでしたし、雨が小学校に入学してから、3年生か4年生になって不登校になるまでの時間は、体感時間で1分くらいでした。
 正直、これだけハイスピードで疾走されると、変なところを指摘するどころか、物語に食らいついていくだけ精一杯です。

笑顔という呪い

 花の名前の由来にして、父親から言われた「辛いときも笑顔でいなさい」って、一見、素敵な話のように聞こえますけれど、これ、完全に呪いであるようにも思います。
 感情的に苦しいときに泣いたり、寝込んだりせずに笑みを浮かべるのは、それこそ西尾維新『めだかボックス』に出てくる、苦境に立たされたときこそ、へらへら笑う過負荷(マイナス)か、ミステリにおいて意図的に情報を伏せたり、偽りの情報を流す信頼のできない語り手みたいなものですよ。
 このことを念頭に置くと、随所随所のシーンにおいて、花は笑顔でいますが、それは、ほんとうに楽しかったり嬉しくて笑顔なのか、反対の感情を押し隠すための笑顔なのか、まったく見分けがつきません。特に、終盤のシーンにおける子どもたちとの別れにおいて、花が、ほんとうに、あたたかく見送ったのか、それとも悲しんでいるのか、分かりません。ゾッとしますね。
 韮崎のおじさんの、厳しいしごきに対しても、へらへら笑いながら、凄まじい勢いで畑を耕したりして……。果たして韮崎のおじさんが、花に対して、どういう感情を持っていたのかも、極めて謎です。

おみやげ三つ、たこ三つ

 突然ですが、雪はかわいいですね。
 映画の中盤において、なんとなく花と視点を共有し、雪も雨もかわいいなあ。手が掛かる雨に手を割いてしまいがちだけれど、元気いっぱいの雪の方がかわいいなあ、という感じていました。
 そんな雪が、意気揚々と小学校の入学式に出向き、多すぎる生徒に悄然として、しかし、すぐに馴染むことが出来たのは、なんと言うか──、そう、ハラハラしました。
 その後、雪が2年生に上がり、1年生の雨の手を引きながら「いい? おみやげ三つ、たこ三つだからね!」と無邪気に教えてあげるシーンも、可愛らしいですね。
 しかし……うーん。草平が登場して、彼に怪我をさせてしまうシーンの直前。俯いて走りながら「おみやげ三つ、たこ三つ。おみやげ三つ、たこ三つ」と繰り返す雪は、明らかに狂気に陥っていたように思います。思い込み以外の、何の効力もない、おまじないにすがりつき、挙句、車で向かいに来た母親に対して「おまじない効かなかったよ」と言ったときの、凄まじい後悔と絶望感。
 うーん、花は、どういう考えで、雪に、おまじないの言葉を授けたのでしょうか。結果として、あの言葉は、呪いの言葉として、雪を縛り付け、さらに雨にも継承されてしまいましたし……ハリセンボン飲ます、痛いの痛いの飛んでけ、と同レベルのおまじないとして、気軽に言っただけだとは思いますが、この結果は残念でした。

受け入れられる子どもたち

 山と動物たちに、おおかみとして受け入れられた雨と、草平におおかみこどもとして受け入れられた雪。
 以前、勢古浩爾『わたしを認めよ!』という本を読んだことがありますが、家族から、恋人から、社会から承認を得られないと、人間はだめになる。みたいなことが書いてあったように記憶しています*2。この作品になぞらえると、雪と雨は、いったい、どれだけの承認を得られたのでしょうか。観ている最中は、母親からの承認は貰えているから、後は、恋人と社会か。ただ、恋人に関しては映画のテーマから逸れるから、社会からの承認として、雨に対しては山が、雪に対しては草平がいるのかな。と思ったりしました。
 ただ、今、振り返ってみると、母親からの承認があったかどうかも、謎が残りますね……。

花の原動力

 畑を耕し始めてから、花という母親は、秋山の中で決定的に別種の存在であり、そこに見えたのは、頼もしい母親というより、怪物のようなものでした。
 まあ、その後は、上述の通り、雪かわいいモードに入ったので、あまり花に目を向けていなかったのですが、雨を見送るシーンで、思わず席から立ちそうになりました。
 嵐が訪れ、雨を追いかける花は、子離れできていない親のように見えました。ふたりの子どもが、おおかみとしても、人間としても生きていけるように引越して、しかし、雨が親離れしようとしているのを拒絶するように、おおかみとしてではなく、人間として家にいなさいと指示を出します。雨が川で溺れそうになったことや、そもそも彼が川で溺れ死んだことも影響しているかもしれません。そういった理由から、嵐の中、山をさまよい歩く花に対する秋山の視線は、同情であったかのように思います。まあ、色々と矛盾はあるし、わがままもあるけれど、分かりますよ、みたいな。
 しかし、それが瓦解するのが別れのシーンです。
「まだ何も教えてないのに」
「まだあなたに何もしてあげてない」*3
 え、えええええ!?
 花は、子どもを独占したい、子離れできていない親ではなかったです。むしろ、おおかみとして自立しようとしている雨を、完全に下に見ていました。そんなことが分かってしまう発言に、全秋山が愕然でした。

親離れするおおかみこどもたち

 まあ、雨の親離れは納得の範疇です。
 おおかみこどもとして、自らの生き方を見つめ、閉じ込められた狼を見たり、野生の狐を師事したり、山を知り、森を知った彼が下した決断。納得感があります。
 しかし、雪の方は、どうなのでしょうか。
 深夜の学校で草平に対して「早く大人になりたい」と、いきなり語り出す彼女は、いったいいつの間に、そんな境地に至っていたのでしょうか。あまつさえ中学校入学と同時にひとり暮らしを始めてしまうし。家事もできない子が、ひとり暮らしなんて冷静に考えて無理じゃよー!
 と、しかし、うん、ここまで書いてみて、あんなに雨に固執した花が、雪は、あっさりと見送っているところに、花にも子離れという成長はあったのでしょうか。あったのかもしれません。

良かったところ

 思いの丈を、あまり整理せずに、ぶちまけてしまいました。すみません。
 良かったシーンもありましたよ。じゃがいもが無事にできて、近所のひとたちと物々交換するところで、花は救われましたね。雪が、学校に通いだして、友だちができるシーンは、とても良かったですね。学校に馴染めなかった雨が、狐の先生を得る場面も素晴らしかったです。嵐の夜、草平に正体を明かす雪には鳥肌でした。
 後は全般的に画がきれいでした。雪山をローリンガールするところとか。ただ、なんとなく3Dっぽかったですね。映像的には美しかったですけれど、もう少し水彩っぽい自然の方が好みです。

おわりに

 と言うわけで『おおかみこどもの雨と雪』について、飲み屋のテンションで語ってしまいました
 次に映画を見るのは、多分『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』です。

*1:ただ、そのシーンにしたって、強風が吹いて、花がよろめいているのに、雨は、母親に手を差し伸べることすらしません。

*2:高校生〜浪人生におすすめしたい良書です。

*3:コメントで指摘頂きましたので修正します。