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小説『ハリー・オーガストの15回目の人生』の感想

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 クレア・ノースのSF小説『ハリー・オーガストの15回目の人生』を読みました。
 読み始めたら止まらなくなって、明け方4時まで読みつづけるはめになりました。間違いなく最高傑作です。
 これから熱い気持ちを持ったまま感想を書きますが、途中からネタバレありになるのでご注意ください。

小説の概要

何度も人生を繰り返す者同士の、進化し続ける戦いの結末は? 傑作SF!


一回きりの人生では、語りきれない物語――。
全英20万部突破の“リプレイ”SF大作が待望の日本上陸!


1919年に生まれたハリー・オーガストは、死んでも誕生時と同じ状況で、記憶を残したまま生まれ変わる体質を持っていた。
彼は3回目の人生でその体質を受け入れ、11回目の人生で自分が世界の終わりをとめなければいけないことを知る。

https://www.kadokawa.co.jp/product/321501000149/

 これは、公式からの引用です。
 自身の死と同時に、生まれた瞬間に時間が戻るループ体質を持つハリー・オーガストという男の物語です

 海外のループものSF小説と言えば、ケン・グリムウッド『リプレイ』が有名ですが「それと同じようなものかな?」と思った方には、大森望による解説の一文を、そっとプレゼントしたいです。

「本書はけっして、ただの"『リプレイ』ふたたび"ではありません」

ネタバレに触れない程度の感想

 本作は一人称小説で、全編がハリー・オーガストの語りによって構成されています
「思い出したから」という体で、章と章の間に、いきなりぜんぜん異なる時間軸のエピソードが挿入されることもありますし、「やがて戦争から私を守ってくれた知識がひいては私を大きな危険にさらし、間接的に私を◯◯◯◯・◯◯◯に引きあわせることになるのだが、そんなことはまだ知る由もなかった」というふうに、未来に生きるハリーとしてのコメントがはさまることもありますが、基本的には1回目の人生から順々に語られます。
 本作はハリーの人生の物語で、読者は物語を最初から読むことで、繰り返される彼の人生を追体験することになります


ネタバレを警戒すると、あんまりたいしたことは言えない


 あんまり興味を喚起することはできなかったかもしれませんが、できれば前情報ゼロで読んでいただきたいなと思います
 でも「ちょっとだけネタバレしてもらっていいんで、もう少し語ってくれない? それで面白かったら読むことにするか」という方もいるかもしれないので、読んでくれそうなところまで思い切ってネタバレしてみましょう。

ある程度、踏み込んだネタバレをする感想

 520ページのうち、158ページくらいまでをネタバレさせてください。
 この小説が切り開いた新たなる「ループもの」その発明は、ループという概念が体質によるもので、不特定多数の人間が、その体質を所持しているという設定でしょう
 従来のループものにおけるループは、主人公であったり、主要な登場人物であったり、特定のひとりだけが限定的に有している能力でした
 物語の受け手は、ときに能力者と同じ目線で、ときに能力者とは異なる目線で、ループする世界というひとつづきの物語を観測していました。


 本作におけるループは体質に由来し、その体質の所有者は「カーラチャクラ」と呼称されます。有史以前からカーラチャクラは何人も存在しており、世界を見渡せば数十人あるいは数百人は同時期に存在しています
 カーラチャクラは、いたずらに世界を変動させないように、身を寄せ合って「クロノス・クラブ」という集まりを形成し、どの時代においても息を潜めるようにして暮らしています。
 なぜ、そんなことができるのか? それは彼らが過去から未来、未来から過去へ伝言ゲームをしているからです。過去から未来への情報は、長く生き老いたカーラチャクラから生まれたばかりの若いカーラチャクラへ、未来から過去への情報は、生まれ変わったばかりの若いカーラチャクラから息絶える直前の老いたカーラチャクラへと口伝されるのです。


──という設定は、物語の冒頭では匂わされる程度で、明確に説明はされません。
 まだ、自身がカーラチャクラであることを知らない1回目の人生において、ハリーはそんなことは夢想だにせず、繰り返しの初期の人生においては、自分だけが広い世界において、唯一のループ能力者だと思い込んでいます。
 ここまでであれば、本作は、従来のループものの枠に収まっていることでしょう。
 本作が、従来作品とは一線を画す、ループものの新地平を描きえたのは、カーラチャクラが集まって「クロノス・クラブ」という概念を生み出すことができたからでしょう


 さて、ネタバレに遠慮する時間は、ここまでです。
 以下はネタバレ全体で、好き勝手に感想を語りたいと思うので、未読の方は、今度こそ回れ右推奨です。

ネタバレ全開の感想

 なんと言っても邦題がいいですね。
 511ページ。
 ハリーがリーズでの幼少期を語りはじめたとき「ついに、そのときが来たか」と身構えました。
 待ちに待ちました。ずっと痛みに耐えて潜伏していましたものね
 438ページの「ジェニー。私のジェニーだった」や459ページの「『あなたのことを僕がすべて説明することもできます。でもこれを使えば、自分で思い出せるんです』プライドが傷ついた。ずいぶん見くびられたものだ。はらわたが煮えくりかえった。あれをまたやろうとは図々しいにもほどがある」を経てからの「ならば、こんな話はどうかな。本当にあった話。私が話したら、お返しに君も話すんだ」ですからね。
 そして、ついにヴィンセントが起点を明かしたとき。
 ハリーが必死になって、しかし自然にしか見えようのないポーカーフェイスを浮かべていることを想像したとき、おもわず涙が溢れました

これを、私は君に宛てて書いている。
わが敵。
わが友。
もうわかっているだろう。
君の負けだ。

 冒頭にあった、気にも止めずに読み飛ばした一節が、まさか、これほどの重々しく、パワーを抱えて帰ってきたことがあったでしょうか。
 もし、電子書籍で読んでいたら「ハリー、勝利宣言には早すぎないかい?」そう思ったことでしょう。でも、リアルな本ならば、もうページが残り少ないことが肌で分かります。


 ハッピーエンド至上主義なので、エンディングは好意的に受け取りました
 さすがのヴィンセントもこの期に及んで嘘は言っていないはず、アキンライは確実に情報を展開し、チャリティと連携し、間違いなく仕留めてくれただろう。そう思いました。
 想像は大森望の解説を読んで確信に至りました

 本書の原題は、The First Fifteen Lives of Harry August。直訳すると、「ハリー・オーガストの最初の十五回の人生」。つまり、何千回、何万回あるかもしれない人生のうちの最初の十五回、一回目から十五回目までを描いた物語ですよ、という意味になる。

 間違いないですね。
 このタイトルならば、ハリー・オーガストには十六回目以降があります
 でも、ヴィンセントには、ありません
 ハッピーエンドが約束され、笑みがこぼれると同時に邦題に感謝しました。もし、日本語タイトルが『ハリー・オーガストの最初の十五回の人生』であったなら、もしかしたら、読んでいる最中、もっといろいろ邪推してしまっていたかもしれないので。


 一晩で読んでしまったのは、続きが気になるというのもありましたが、やはり物語が魅力的だったからでしょう。

「世界が終わるわ」
(中略)
「世界の終わりは世の常よ。でも世界が終わる日が早くなっているんです」

 キャッチーなオープニング、そして中盤から終盤に掛けて物語を牽引する重要なキーワードとしての「世界の終わり」しかし、それは最後まで明示されませんでしたね。
 地球に隕石が落ちてくるわけでも、核戦争が地球が死の灰に覆われるわけでもなく、量子ミラーがなにかを写してしまうことによって世界が終わる
 かどうかは分かりません。
 読者に想像の余地を残しているのか。
 あるいは、未来のカーラチャクラが、量子ミラーの存在を知らないがゆえに伝言ゲームに加えることができないのかは分かりません。
 でも、敢えて明示しないのは良いなと感じました。


 物語を通して、いちばん大きく安堵の息を吐いたのはヴァージニアが登場した瞬間、そしていちばん鳥肌が立ったのはチャリティが迎えに来てくれなかったときです
 クロノス・クラブという存在は、ほんとうに発明だと思います
 実際、自分がカーラチャクラだったらと夢想したら、この世界には様々な弊害があります。そして、その様々な弊害から守ってくれて、他のカーラチャクラと互助の関係が築けるクロノス・クラブは、肉体的にも精神的にもおおきな拠り所と言えるでしょう。
 それだけに、6歳児のハリーがロンドンを訪れ、ロンドン支部が存在しないことを知ったときの衝撃を想像すると……目眩を覚えます。
 そして、北京支部でユーンから、ヴァージニアの名前を聞いたときのことを考えると……言葉にならないですね。

終わりに

 ループものの魅力は、なんと言っても折り重なった時間の重みが、醸し出す説得力でしょう。事件を解決するために、何度も同じ時間を繰り返して試行錯誤する。本作にも、私がループものに求める魅力は、しっかりと盛り込まれていました。
 ハリー・オーガスト。彼の15回分の人生はヘビー極まりないものでした。彼が16回目以降の人生で、リチャード・ライルのことを忘れ、ヴァージニアと再び友誼を結び、そして、もしかしたらジェニーと幸せな結婚生活を営めることを祈ります。