雲上四季

本と涙と謎解きと、愛しさと切なさとボードゲームと

ライトノベル雑誌の現在とこれから

小説系雑誌の現在

  • 高度経済成長期には発行部数が100万部を越える小説誌もあった。
  • 現在は赤字になることもある。
  • にも関わらず無理をして小説誌を発行しているのは、原稿確保のため。
  • 情報発信および所信表明という役割も持っている。

 まとめてみましたが、概ねこんな感じでしょうか。作り手側の意見を伺うことができ、思いのほか大変なのだなというのが正直な感想です。具体的には、

 なぜ、そんな赤字雑誌を出さなければならないのか。フリーマーケットの論理からは、赤字雑誌など存在する余地がないはずだ。出版社のサイドからいえば、理由は単純である。書き下ろしでは原稿がとれないか、きわめて集めにくいからだ。作家のサイドからいうと、それは本の価格が低すぎるからだということになる。職業作家の八割以上が、単行本の売れ行きで一万部から三万部のあいだに分布している。本の価格が平均千五百円として、それでは印税収入は百五十万から、最大で四百五十万にしかならない。ほとんどの作家が、印税収入では暮らせないのが現状である。
 大多数の作家は、雑誌の掲載料と印税を合わせて、かろうじて生活できるというところだろう。その結果、雑誌の長篇掲載の依頼を優先する。書き下ろしは二の次になる。出版社は小説雑誌という原稿集め装置を用意しないと、新刊を出そうにもタマがないという状態に陥りかねない。以上が、赤字雑誌を成立させているシステムである。

http://www.so-net.ne.jp/e-novels/hyoron/jb/9.html

 この箇所には驚きました。
 書かれたのが1993年であることを考慮し、さらにここ数年、初版4000部からスタートする本も少なくないことを鑑みると、寡作な専業作家はとてもじゃないですが生活できなさそうですね。
 この評論の末尾に笠井潔は、

 なぜ以上のような事態が生じたのかといえば、日本では本の価格も原稿料も、所得や物価の平均水準の上昇に比例することなく、異常に低い水準に固定化されてきたからだ。
 その理由は出版社の、商品の高価格をおそれる廉価多売方針と、新たなシステムの追求を冒険的であると忌避した横ならび意識である。高価格でも魅力のある商品を開発し、新たな需要を掘り起こそうと努力しないできた結果、廉価多売ならぬ廉価少売の悲惨な境遇を、おのれから招いたというべきだろう。
 廉価多売と横ならびは、たとえば日本の自動車産業ではプラス効果をもたらした。しかし文芸書は、クルマでいえばカローラよりもフェラーリに似た性格の商品だろう。たとえ高価でも、買う人間は買うのである。価格が安いというだけの理由で、その本を選ぶ消費者が、文芸出版を支えてきたとはいえない。その点を見誤ったのが、文芸出版の長期低落傾向を根拠づけてきたのではないか。しかし、おなじことは作家の側にもいえるのである。

http://www.so-net.ne.jp/e-novels/hyoron/jb/9.html

 と結んでいるので、現在の所得や物価の平均水準を見て、出版物の価格の見直しを図るべきというのが主張だと思われます。
 この箇所に注目しているのが、id:rev-9さんです。20年前と現在のページ単価を比較することで、値段の推移を調査しています。この結果を見る限り、緩やかに上がってはいますね。
 ところで本の価格と言えば、あれは森博嗣だったでしょうか。出版社は本の価格を現在の三倍にすべし、と主張していた方がいるように思います。検索してみたのですが、どうしても見つけ出すことができませんでした。どなたかブクマした方がいらっしゃれば、コメント欄にて教えていただければ幸いです。
 価格に関しては、本筋から離れるのでこれぐらいにしておきましょうか。

ライトノベル雑誌に情報発信装置としての役割は望まれているのか?

 id:m_tamasakaさんのエントリは作り手側の意識が多く含まれており、非常に参考になりました。
 その上で抱いた疑問があります。それが小見出しに書いた情報発信装置としての役割が求められているかどうかです。秋山は『ドラゴンマガジン』を1度しか買ったことがありませんし『キャラの!』は買ったすらありません。にも関わらず、この2誌で発信された情報は、恐らくそれなりに知っています。その理由はラノベの杜id:kim-peaceid:latioを巡回し、『電撃ブートレッグ*1を購読しているからです。また、必要があればレーベルの公式サイトを見にいきますし。
 インターネットが普及し、ネット上での告知が一般化した現在、雑誌が有していた情報発信および所信表明という役割は、すでに失われているように思います。実際、作り手側に立っているm_tamasakaさんのエントリにおいて、原稿確保としての機能と利益や売り上げに関する話がほとんどで、情報発信と所信表明はほとんど触れられていませんでした。もちろん、たまたま触れなかったという可能性もありますが、やはり無意識のうちに優先順位が低く設定されているのかなと感じました。
 ところで先ほどさらりと触れましたが『電撃ブートレッグ』。『ドラマガ』と『キャラの!』が月一で情報を有料販売しているのに対し、電撃はメールマガジンというかたちで無料配信しているのですよね*2。必要があれば増刊号も配信していますし、考えてみればこれはうまい戦略ですね。

電撃のこれから

 原稿の確保と情報発信という月刊誌のメリットを捨て、企画を充実させることでオリジナリティを志向した『電撃hp』。かつて購読していたこともあって、秋山としてはやはり『電撃hp』の方向性を支持したいところですね。発行部数は不明ですが、業界最大手であることと編集部の人数、そして『ドラマガ』が53500部、『ザ・スニ』が23000部という数字を見る限り、最低でも7万部は出ていたのではないかなと予想します。
 しかも、電撃のほんとうにすごいところは、この『電撃hp』を休刊して『電撃文庫MAGAZINE(仮)』を始めてしまうところですよね!
 イラストなし電撃文庫、ハードカバー、DS電撃文庫……パイオニアらしく、耐えず挑戦してきた電撃が『電撃hp』を捨てて、どこに向かうのか。昨日までは漠然と楽しみだったのが、今は『電撃文庫MAGAZINE(仮)』が発売日当日に書店で買いたいなあと思うぐらい楽しみです。
 まあ、これで原稿確保に特化した月刊誌だったら興醒めですけどね。

MF文庫Jスーパーダッシュ文庫ガガガ文庫のこれから

 締め切り発生装置・原稿料発生装置・防風化装置を必要としない電撃文庫、装置を持っている富士見ファンタジア文庫角川スニーカー文庫HJ文庫ファミ通文庫はいいとして、MF文庫Jスーパーダッシュ文庫ガガガ文庫の3社は雑誌の創刊が急務ではないかなと思いました。
 締め切りがないと書けない作家は置いておくとして、やる気があるにも関わらず経済的に干上がってしまったり、ファンが定着しないのは、あまりに勿体ないと思います。と言うか、仮に秋山がライトノベル作家志望者なら、雑誌を持っていないところでのデビューはちょっと避けたいですね。富士見、角川、HJ、ファミ通を狙うか、多少の競争率を覚悟して電撃に投稿しつづけると思います。すべてのライトノベル作家志望者が秋山と同じ理由で、応募するレーベルを決めるとは限りませんけれど、やっぱり経済感覚に優れているひとは大手を狙うのではないかなと思います。雑誌を持たないことで、ちからある作家を逃してしまうのは、やはり勿体ないなと思います。
 とは言え、月刊誌を始めると人手とお金が求められるので、ここはやはり断然、オンライン雑誌ですね! 前回のエントリを書いてから秋山はすっかり『FB Online』のファンになりました。『暴風ガールズファイト』『狂乱家族日記』『文学少女』『吉永さん家のガーゴイル』あたりを買い揃えようかなと迷っているぐらいです。他3社はもちろん、いっそライトノベルレーベル全部、オンライン雑誌を始めてほしいなと願う次第です。フリーペーパーやPR誌でも構いませんけれど。そして遅筆作家*3やマイナー作家に、どんどん作品発表の機会を与えて貰いたいと思います。

最後に

 m_tamasakaさん、読んでいただけた方、ありがとうございました。
 ところでaboutの方にリンクを張られたのは初めてです。なんだかくすぐったい感じですね。

*1:電撃文庫編集部が発行しているメールマガジン

*2:ファミ通も『FB Online』で。

*3:もしかしたら遅筆作家が遅筆作家であるのは、締め切りに縛られていないからではないでしょうか?