1-01-01から1ヶ月間の記事一覧
どんよりとした雲に白い息を吐き出して。 それから思い出したように血塗れのナイフを、雪の中に投げ捨てた。――が、すぐに拾いあげて、ポケットから取り出したハンカチで握りの部分をたんねんに拭いた。 目の前に倒れている半裸の女性に見覚えはない。と言っ…
「祭りは準備している間が楽しいなんて誰が言った! 祭りの間が一番楽しいに決まってるじゃねえか! なあ、お前らもそう思うだろう!!」 片手を振りあげ、体育館の壇上の剣華極上衛門は大声を張りあげた。 彼の叫びに呼応するかのごとく会場から悲鳴、絶叫…
マッチを擦る。 ――シュッという一瞬の空耳にも似た擦過音と共に、煙草の先端に火が灯る。 ゆっくりと息を吸いこみ、最初の一息がフィルタを通って、咥内から食道を伝い、肺に至る。白い煙が肺を満たしていく間に、右手を軽く振るう。ただそれだけの動きでマ…
そこに、大地に穿たれた楔があった。 それは巨大な岩の塊で、表面には無数の殴打の痕が残っていた。その岩に残された拳のひとつひとつが、名のある格闘家たちの軌跡で、また彼らの求道、究極、幻想。 その岩は確かに頑丈だ。しかし、打撃に打撃を積めば、や…
――日々の平穏を怨んでいたからだろうか、こんな身に覚えのない竹箆返しを喰らったのは。私はただ、皆を驚かせようと思って、ちょっとした悪戯を仕組んだだけなのに……それが、どうして、こんな、こんなことになるなんて。 彼女は魔女狩りにあっていた。 炎の…
いずれは朽ち果てるだろう。 舞い降りる木の葉が風に吹かれて地に還るように。 やがては散り果てるだろう。 何もかもが元通りになるわけではない。 この世が誰かの見る夢だとして。 誰かが目覚めたとして。 また眠ったとして。 再生と破壊のすべてが繰り返さ…
その扉は二年ほど前に見つけた。 それはまだ、私が後片付けをするのが不得意だったころ。私は昼間に遊んだ人形やご本を、元の場所に戻すということをしなくて、私の部屋はたいへん雑然としていた。ある朝、私が目覚めるとベッドの周りは、きれいになっていた…
目を醒ました女は、何処かに立っていた。 それが何処かは判らない。ただ、何処かは判る。いや、そうではなく。 つまり。それが具体的な何処かは判らないが、少なくとも何処かであることは、頭で判っていた。 もっとも、だからなんなのだろうか。 自分が何処…
「お、れ、が」 …………。 「最強だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ…………はあはあ…………ああああああああああああああああああぁぁぁぁぁああああああああああぁぁ…
「いーち、にー、さーん」 …………。 「だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ…
ああ、神様……どうか、私をお導きください。私は生まれてこの方、一度足りとも成功したことも勝利したこともないのです。勝負ごとには必ず負け、合否の分かれ目では必ず敗れ、涙を飲んでばかりなのです。今まで私は、これをそういう運命の星の元に生まれてき…
遠くでカラスが啼いていた。 黄昏色に染まったあぜ道を歩きながら、そっと背後の気配をうかがう。 人影は、ない。 「なあ、知ってるか。日が落ちるまでに家に帰らないと。怪人☆ミカンが出るんだぜ!」 直前まで共にいた、ともだちの言葉が思いかえされる。 …
ガラと玄関の戸を開くと、取っ手が外れた。 仕方がないので、中に入ってから勢いをつけて閉めようとしたら、蝶番が外れて戸は外側に倒れてしまった。 首を振って戸を諦め、上がりこんでみれば廊下が傾いていることに気づく。 軋む廊下を進み、自室の前につく…
人に見られながら戦うのは、それほど嫌いじゃない……、円形の闘技場の中にあって戦う自分を客観的に観察、そして分析することで、勝利を演出しやすくなる。そう、俺は剣奴――グラディエイター。 俺の得物はシュタットレイス。俺はこの、剣奴に似合わない、両手…
私はずっと小さな頃から、本が好きだった。小説やエッセイといった読み物に限らず、活字全般が好きで、辞書や教科書を眺めているだけでも楽しかった。けれど私の家は、あまり裕福ではなく、本を買う余裕もなければ、電車に乗って大きな図書館に行くこともで…
綾織燕がまだ駆けだし作家だったころ、彼女は担当編集者から「次に会うときまでに、長編用プロットを最低十作分、作っておいてください」と言われた。 ――貴女は次に書く一作を成功させ、その次の一作を書ける権利を得なくてはなりません。そのためには、一作…
歌姫アリア。 その歌声には耳を傾けるものの心を癒し、傷つき倒れんとするものに手を差しのべ、万人に涙と感動とを誘う、不思議な魅力があった。 ときの王はアリアの、この力に目をつけ、戦場で兵を鼓舞する歌を歌わせた。一騎の兵を千に当たる軍神に仕立て…
緋踏探偵事務所から派遣され、やってきた夕賀恋史は、颯爽と事件現場に現れると、洗練された動作で犯人を指差し、見事な離れ技で密室トリックを破り、懇切丁寧にアリバイを崩し、完膚なきまでに事件を解決した。そしてその上で、 「真の探偵とは事件を未然に…
「ようこそ、海上移動図書館《ピースメーカ》へ!!」 セーラーを着た厳つい男に案内され招かれたのは、あの懐かしい図書館であった。本が傷まないように外気は完全に遮断され、潮のきつい匂いは、ここまで入ってこない。紙とインクと埃の香りだけがある。何…
放課後の教室。夕陽が差しこみ、机に反射した光が黒板に幾何学的な紋様が躍っている。 体操服を着て、教壇の上に寝転がっている男子と、制服姿の女子が話をしている。女子は机に向かっていて、マークシートに鉛筆を走らせている。手許には大学コード表が開か…
「困ったものだ……」 男は腹から血を流し、道の真ん中に倒れ、事切れていた老人を、脇の土手の上に放ると、そこで「南無阿弥陀仏」と唱えてから十字を切った。次いで、懐から出したペンで老人の腕に戒名を書いてやった。道で腹から血を流して死んでいたから「…
テレビに映っている洒落小路雪麿は、スポークスマンである。 世間では、表に出てくるスポークスマンの洒落小路雪麿が、裏に隠れたままの本物の洒落小路雪麿と大親友であり、ふたりして小説のネタを出しあったりして協力しているから、インタビューにも答えら…
「こら! 勝手にシキサイしちゃいけないって、先生、前にも言ったでしょう」 「あははー、ごめんなさーい」 ぶん、と唸りをあげて迫る先生の腕を避け、天道貴志は階段を駆けのぼった。 三階分を駆け登ったところで、息が切れた。先生が後を追ってくる様子が…
勇者は老齢であった。 無人の地下道を抜け、荒れ果てた古城を越え、急峻な山道を行き、勇者はようやく竜王の元にたどり着いた。 山頂でいびきをかいていた竜王は、勇者の来訪に気付くと、目蓋を重そうに持ちあげ、勇者と話ができるように、勇者の声がよく聞…
ある朝、霧崎夜辺がなにか気がかりな夢から目を覚ますと、自分が寝床の中でひとりの殺人鬼に変わっているのを発見した。外見にはなんの変化もないし、夜辺の部屋は就寝前となにも変化がないように見える。その部屋の中で、夜辺の中身だけがどこか決定的に変…
何かの拍子にベッドから落ちてしまったのだろう。赤毛の人形は、明かりの差しこむことのない、狭い隙間に身をうずめている。もうどれぐらいそうしているだろうか。日めくりカレンダがめくられる度に立てる、かすかな紙の音も数えるのを止めてしまって久しい…
「例えば私が日頃生活している空間。世界全体から見れば極めて限定的で狭い空間ではありますが、それが私の目が届く範囲、手が伸ばせる範囲、それが私の世界となります。そして私が私の世界を持っているように、貴方も貴方の世界を持っており、そこの貴方も…
苦行だ。 苦行などしたこともないが、高橋はそう思った。そして同時に、今が冬で、気温がそれほど高くないことに深く感謝した。 とにかく想定外が多すぎた。今までに人がやった話や、テレビで映像を見たことがあったが、まさかこれほどまでに辛く苦しいもの…
夜の海は墨汁のように黒く、水面は極限まで研磨された鏡のように月明かりを跳ね返していた。ときおり、波が白い線条を刻み、それは覗きこむ希を深海の底へと誘うかのように揺れた。 海面から目を逸らさぬまま、希は手許のワンカップを傾け、わたつみに酒を捧…
掌編小説でもなく、ショートショートでもない。 超短編というジャンルがある。 俳句のように季語を組みこむ必要はない。 詩歌のように韻を踏む必要もない。 ただ一つの制限と言えば。 五〇〇文字以内で書くということ。 原稿用紙、四分の五枚に収まる、とて…