マッチを擦る。
――シュッという一瞬の空耳にも似た擦過音と共に、煙草の先端に火が灯る。
ゆっくりと息を吸いこみ、最初の一息がフィルタを通って、咥内から食道を伝い、肺に至る。白い煙が肺を満たしていく間に、右手を軽く振るう。ただそれだけの動きでマッチに点いた火は消えた。
後には煙草の先にかろうじて残っている火だけだ。マッチから上る炎の名残も、口から吐き出される煙も、煙草から緩やかに立ちのぼる紫煙も、そのほとんどが闇の中に漂い、目には見えない。
やがて根元近くまで燃えつきた煙草が、ぽとりと音を立てて落ち、その上から靴で踏みにじられる。
もう何も見えない、何の動きもない。
静かに沈みゆく夜。