雲上ブログ〜謎ときどきボドゲ〜

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IRREGULAR’S PARADISE

「ようこそ、海上移動図書館《ピースメーカ》へ!!」
 セーラーを着た厳つい男に案内され招かれたのは、あの懐かしい図書館であった。本が傷まないように外気は完全に遮断され、潮のきつい匂いは、ここまで入ってこない。紙とインクと埃の香りだけがある。何もかも五十年前に訪れたときと同じ。記憶の中の光景は色褪せて久しいが、今、目の前にある光景はまだまだ現役の――生きた空間だった。
 思い出をかき集めるように書架の間を歩く。若かりし日にここを偶然訪れたときは、ここがどういう場所であるか、まったく知らなかった。ここが伝説の、世界中の伝承と風聞が集う地だと知ったのは、大人になってからだった。


 瞬く間にときは流れた。
 気づけば出航の時間は迫り、懐かしき図書館を去り、またいつもの日常に戻らなければならない時間がやってきていた。名残惜しいが、仕方がない。恐らく、この図書館を訪れることはもうないだろう。ならばせめて、返せないことは承知の上、一冊でいいから本を借りたい。ここの空気に馴染み、触れるだけでこの図書館を思い返すことのできる本を。
「貸し出し、お願いします」
 カウンターの上に置かれた本を一瞥し、職員は言った。
「あー、チップさん。貴方、五十年前に借りた本がまだ返却されてませんね。返却期限を守れない人に、本は貸せませんよ」


『破片拾い』563文字