雲上四季

本と涙と謎解きと、愛しさと切なさとボードゲームと

小説アンソロジィの最高峰、絶対移動中

 文学フリマにて、絶対移動中伊藤鳥子さんから著者見本としていただいた『絶対移動中 第四号』を読みました。
『絶対移動中』は20代から30代をターゲットとした小説のアンソロジィで、近現代文学から恋愛、幻想、ミステリ、SFと幅広いジャンルを取り揃えています。残念ながら第四号となる今回でおしまいということですが、既刊はまだ残っているそうなので今からでも追うことが出来ます。なお、既刊は公式サイトの通販にて、最新刊は中野ブロードウェイタコシェや新宿の模索舎にて購入できます。以下、寸評。
橋本賢一「アレが見えたとしても」主人公の女性は28歳のSE。そろそろ将来のことを考えて始めたころに、他部署の先輩社員に勧誘を受けて……というお話。それだけだとよくある話なのだけれど、この主人公は対面した人間の背後にアレが見えるというSF設定を持っている。アレが何であるかは作中において明確に明かされないが、守護天使やスタンドやペルソナのような感じ。結末はやや予定調和的かなと思ったけれども、落ち着いて楽しめる良作。
蜜蜂いづる「台風のどまんなかで」いきなり高橋源一郎村上春樹が引用され、三浦しをんを読む妹が兄の部屋に泊まりにきて、『ヘリオテロリズム』的なノリだなあと思いました*1。中盤、この兄妹は幼い頃に、セイキョウイクと称して両親にセックスに見せられたことがあるという設定が明かされてから、いづる節が炸裂。自殺した姉の存在など、物語に暗い影が落ちているはずなのだけれど、妙に明るかったのが印象的。
ファニー「ファニーライフ・秋」目黒三吉さんに代わって漫画分の補給ということで参加されたファニーさん。なんとなくtoi8kashmirを彷彿とさせる淡いタッチの絵柄が素敵でした。
栗原しんえもん「夢みたい」ニートの主人公が宇宙人とある契約を結んで、というSF。こじんまりとした作品で、橋本賢一や蜜蜂いづると尖がった作品が続くなか一服の清涼剤と捉えることもできるけれど、やっぱりちょっと薄味だったかなと思います。最後の一行はなくても良かったんじゃないかな。
伊藤鳥子「犬になりたい」これは傑作です。この短編を読むためであれば、少しぐらい本書を手に入れるための努力をしても構わないぐらい。犬になりたいという性癖を持った男の独白が主眼となる作品なのですが、この男がもう根っからのMなのです。対して、この男が主人と仰ぐ女の方は中途半端なSで、性的なシーンにおいてはそのサディズムを遺憾なく発揮するのですが、普段はそうでもないのです。これが男にとって非常に不満で、特にそれが顕著になるのが結婚して、娘が生まれてから。彼女に隷属したいけれど、一家の主にして父親という立場がそれを許してくれないというジレンマが実に上手く描けていました。後半はややSF的な流れになってしまい、現実世界から物語が離れてしまい、リアリティが薄れてしまったのが残念です。
 いやー、しかし、それにしても面白かったです。特にいづるさんのと鳥子さんのは、読んでいるうちに「自分はこれを読んでいても怒られないかな」と、エロ本を隠れて読んでいる中学生のような気分になりました。

*1:もちろん、いい意味で。