- 作者: 伊坂幸太郎
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2003/11/20
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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伊坂幸太郎を語るべきもう一点は、ユニークに満ちウイットに富んだ会話だろう。海外の、非常にスタイリッシュな映画の中において決めゼリフ的に放たれる格好いい科白が、伊坂幸太郎の小説においては息つく間もなく連発されるのだ。「楽しく生きるには二つのことだけ守ればいいんだから。車のクラクションを鳴らさないことと、細かいことを気にしないこと。それだけ」なんてどうだろうか、こんなスマートな科白が何でもないもののように口ずさまれてしまうのだ。こんな小粋で詩的な言葉を、現実に言えるやつがいたらきっと楽しいだろうと思う。
さて、上記は伊坂幸太郎を極めて肯定的に友好的に客観的に見て評した言葉だけれど、自分個人として伊坂幸太郎はあまり好きな作家ではない。最後の最後であらゆる伏線が、ひとつの完成形に向かい謎が謎だと明示され同時に解かれる図は圧巻で、それは素晴らしいと思うが、そこに至るまでがあまりに冗長で退屈なのだ。格好いい科白が飛び交う日常風景に浸かれる人は、途中経過も楽しめるだろうが、自分は駄目である。実際、二年前と現在の二重構造だと知らされた瞬間に(二十ページ目で明かされるので、そう重大なネタバレではないだろう)またいつものパターンかと辟易した。しかし最後で絶対に報われるはずだと何とか読み進めていって、中盤でわりとどうでもいい日常の謎が出てきて驚いた。「へえ、珍しいな。版元がミステリ・フロンティアだから、少しミステリしてみたのかな?」と安易に思いながらまたさらに読み進めていって、ようやく終盤に至り、そして――まさか、こんなありふれたミステリ的手法を使ってくるとはと愕然としてしまった。と言うか、過去と現在の二重構造になっている時点で、あるトリックが使えるという事実に気付けよなどと自分自身に突っ込み、暫くしてこのトリックが持っている本当の意味に気がついた。気付いた瞬間、中盤にあった日常の謎がこの単純なトリックを隠すためのもので、このトリックもまた伏線に過ぎないのだと連鎖反応的に理解した。
基本的にいい小説である。ジャンル分けしようとしたらネタバレになるので、とりあえずミステリかエンタテイメントと言っておけばいいと思うが、多少、読書好きの彼女であれば十二分に勧められるものだと思う。ただ自分は駄目だった。いい話だと思うし、凄まじい話だとも思うけれど、あまりにいい話に過ぎるし、目を背けているところもあると思うし、自分は好きになれない。勿論、これは個人の趣味嗜好だから、本書を人生で読んだ本の中で一番、素晴らしいものと明言する人があってもいいと思う。と言うか、本書はそう称されるに相応しい内容を備えている。勧めたいし、ぜひ読んで欲しいと思うけれど、やっぱり自分は好きになれないなあ……。