雲上四季〜謎ときどきボドゲ〜

本と涙と謎解きと、愛しさと切なさとボードゲームと

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容疑者Xの献身

容疑者Xの献身

 本ミス・このミス・文春ミス、三冠を達成し、2005年末の話題をかっさらったミステリと言えば本書に相違ないだろう。その為か、実に意気込んで読んでしまったのだが、読んでいる最中は、それほど面白くなかった。ある母娘が犯した殺人を隠蔽するために天才数学者が骨を折るのだが、警察は彼の術中に嵌まってしまい、彼らの代わりに天才物理学者が容疑者Xのトリックを暴こうとするという倒叙の変形……なのだが、天才同士の激しい舌戦もなければ、論理の応酬もない。もうとにかく地味なのだ。著者が東野圭吾であったり、話題になっていなかったら途中で投げていた可能性もなくはない、それぐらい地味なのだ。が、勿論、最後には全てがひっくり返り凄まじいことになる。
 特筆したい点はふたつ。作中に「凡人はトリックを積み重ねることで問題を複雑にするが、天才はある一点に手を加えることで問題を飛躍的に複雑化させる」というような科白があるのだが、まさにたったひとつのことをすることで事件の構造を完璧に覆い尽くしているのだ。さらにトリックのスライドも素晴らしい。ミステリを読んでいる人間ほど、このずらしには騙されるだろう。柳生新陰流風に表現するなら転の術理である。
 容疑者Xの献身は純愛物とも謳われているらしい。確かに340ページの3行を目にした瞬間、涙が溢れた。その後も度々、泣いてしまったが、考えるまでもなくこの感動は『水の迷宮』の延長線上にあるもの。『水の迷宮』において浪漫こそが真犯人だったならば、『容疑者Xの献身』においては愛こそが真犯人だったのだろう。