雲上ブログ〜謎ときどきボドゲ〜

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西荻てのひら怪談イベントレポ

 先日、西荻で開催された西荻てのひら怪談に行って参りました。レポートは書くつもりはなかったのですが、某氏に書くように勧められ、書くことにしましたた。が、せっかくなので前後の経緯なども書いて、怪談に触れたことのないひとでも面白く読めるようにしたいと思います。と言いますか、ジャンル考察に近いものがあるので、何かしら特定のジャンルについて考えられている方や、新ジャンルの作成を目論んでいる方にとっては興味深いのではないかな、と。
 いきなり怪談とは関係のない話から始めます。
 秋山が初めて幻想文学に触れたのは『ヘリオテロリズム 20』という、原稿用紙20枚の作品が集まった同人誌の巻頭に収録されていた、松本楽志さんの「蔓」だったと記憶しています。この作品は蔦に覆われた家を訪れた主人公が、植物の持つ意識に飲み込まれるという物語なのですが、途中、地の文に唐突に意味を持たない文章が挿入されるという特徴があります。おそらくはその無意味な文章が「植物の思考」と思われるのですが、これが実におぞましいのです。もう何て言うか、生理的に受け付けられません。おおよそ人間の思考とは思えないような無秩序な言葉が、ぐさぐさと突き刺さってきて、読み進むごとに鳥肌が立ってゆくのです。そして、この気持ち悪さというのは、おそらく文章以外では表現できないものと思われます(実際に植物が意思を持って、人間を取り込むということは、多分ないので)。で、そうした現実には起こらないであろう出来事を、文章で描き、それがまるで現実の出来事であるかのように、読者に感じさせられるほどリアリティがある作品が幻想文学なのではないか──と、秋山は考えています。
 さて「蔦」を読んでしばらくして、奇想コレクションの存在を知り、そして異色作家短篇集の再刊が始まりました。奇想コレクションというのは、河出書房新社から刊行されている短編集の叢書で、SF寄りの幻想作品が多く収録されています。特に知名度が高いのは、やはりシオドア・スタージョン『輝く断片』『不思議のひと触れ』ですかね。他に個人的な印象としては、テリー・ビッスン『ふたりジャネット』とアヴラム・デイヴィッドスン『どんがらがん』も話題を呼んだように思います。スタージョンが面白く読めたひとは、大森望訳繋がりということで、コニー・ウィリス『最後のウィネベーゴ』も面白いかもしれません。対して、異色作家短篇集というのは早川書房から刊行されている“ジャンルを越境した奇妙な味”を持つ作家の短編集シリーズで、今回の再刊で二回目の改訂となります。やはり有名なのは最初とその次の月に配本された、ロアルド・ダール『キス・キス』、フレドリック・ブラウン『さあ、気ちがいになりなさい』、シオドア・スタージョン『一角獣・多角獣』、リチャード・マシスン『13のショック』あたりですかね。ジャック・フィニイ『レベル3』もわりと話題を呼んでいたように思います。後、奇想コレクション異色作家短篇集ほど幻想寄りではないですが、藤原氏が編集を行った/行っている晶文社ミステリやKAWADE MYSTERYにも幻想文学作品は多いと思います。
 とは言うものの、実はこういう知識を持っているだけで、読んではいません。読みたい読みたいと思ってはいますし、買って持っていたりもするのですが、積みっぱなしで中々、手をつけることができません。積読の人はこういうときに損ですね。
 さて。そんな中、MYSCONのゲストに三津田信三が来ることに決まったので*1、その時点での作品をすべて読んだのですが、『ホラー作家の棲む家』と『作者不詳 ミステリ作家の読む本』が最高に面白かったのです。どう面白かったかと言いますと、もちろん作品として面白かったのですが、それ以上に、著者の怪奇幻想への愛に胸を打たれました。こう、なんと表現すればよいのでしょう、文面から怪奇幻想への愛が漂ってくるのです。で、その香りをまともに吸い込んでしまった自分は「この二冊がこれだけ面白いということは、怪奇幻想なるジャンルは面白い作品の巣窟ではないか!」と思ったわけです。
 だんだん怪談に近づいてきましたね。
 怪奇幻想というジャンルには、東京創元社から刊行されている『怪奇小説傑作集』(全五巻)と『日本怪奇小説傑作集』(全三巻)を通じて触れました。収録されている作品は、いずれも面白かったのですが、海外物と古典を不得手とする秋山は、どうにも馴染むことが出来なくて、それで、もっとも今日的な怪奇幻想と思われる『幽』に辿りつきました。
『幽』というのは2004年に創刊された怪談専門誌で、半年に一回のペースで刊行されています。編集長は東雅夫東雅夫と言えば、日本に輸入された怪奇幻想という概念と、日本に古来から存在する和的なものが融合された作品「ホラー・ジャパネスク」という語を編み出したひとであり。怪談之怪の発起人のひとりであり。『日本怪奇小説傑作集』の編者のひとりであり。ビーケーワン怪談大賞の主催者であり。いまはもう終刊されましたが、かつて『幻想文学』の編集長を務めていた方であります。
──「もしかして怪奇幻想の最も現代的なかたちが、『怪談』なのかもしれない」
 そう思った秋山は、即座に『幽』のバックナンバーをすべて図書館から取り寄せ、ついでに怪談之怪『怪談之怪之怪談』『怪談の学校』を読みました。そして「怪談」というジャンルが、日本に輸入された怪奇幻想=ホラー・ジャパネスクから派生したもののひとつであり、妖怪・怪奇・都市伝説と肩を並べており、現在進行形で作られ続けているジャンルであることを知りました。また、怪談の中には、作家が頭のなかで考えて作った創作怪談と、フィールドワークを行い関係者から聞いて作る実話怪談があることも知りました。
 さて、そこで怪談という字面を、改めて見てみるとその興味深い点に気がつきます。だって「怪を談ずる」ですよ。実に不定形な気配が漂っています。たとえば「不思議なことが起こった。それはかまいたちの仕業ではないか?」という怪奇現象に鎌鼬というかたちが与えられた瞬間、怪談小説は妖怪小説に化けるのです。もしくは「彼女がいきなり彼氏を部屋から連れ出そうとする。話を聞いてみると、ベッドのしたに斧を持った男が潜んでいた」。これも妖怪のときと同じように、斧男というかたちが与えられた瞬間、都市伝説になってしまうのです。つまり、逆に言えば。怪談とはどこまでも明かされない、秘密にされ、受け手の読み方によっていかほどにもその姿を変えうる、不定形なる物語ということにならないでしょうか。
 ならないかもしれませんね。
 よく分かりません。
 しかし、それでいいのです。怪談とは不定形なるもの。詳しくは後述します。
 さて、イベントレポを始めます。
 月に一度、西荻で本に関係したイベントが行われます。通称、西荻ブックマーク。2007年6月に行われた第13回西荻ブックマークは、東雅夫×穂村弘×加門七海×福澤徹三トークイベントで「西荻てのひら怪談」と銘打たれていました。これはビーケーワン怪談大賞に応募された作品のなかで、特に優れたものを百編集めた『てのひら怪談』の関係イベントで、作り手である東雅夫加門七海福澤徹三に帯文を書いた穂村弘をゲストとして呼んだものと思われます。秋山は前述の通り、怪奇幻想の流れから怪談に辿りつきましたし、編集者萌えなので、主に東雅夫さん目当てでイベントに参加しました*2
 と言うわけで、西荻に到着して、軽く駅周辺を散策してから会場に向かいました。会場では開会前にも関わらず何人か待っているひとがいたので、秋山もそのなかに紛れこみました。受付開始時刻を過ぎても待たされましたが、この手のイベントが思いのほか大変なのは身を以って知っているので、粛々と待っていたら目の前を京極夏彦が通過。思わず息を呑みました。和服、指貫手袋、金の混じった黒髪、そして今にも降りだしそうな雨を警戒してか、漆黒の傘。どう見ても京極夏彦です。本当にありがとうございました(←京極を間近で見させてくれた天に対する感謝)。その後、すぐに受付が開始したのでお金を支払って入場すると、幽怪談文学賞の受賞作を売っている出版社の方々に並んで、がくしさんが『超短編マッチ箱』を売っていたので挨拶。他に見知った顔はいなかったので、早々に着席しました(そえさんがいらっしゃっているはずなのでご挨拶しようと思っていましたが、半スタッフのことでお忙しかろうと思って自粛しました)。
 座席には参加者特典西荻カードブックが置かれていたので、開会を待つ間、これを読みました。文字が小さいうえに凝ったフォントなので、これは年配の方は読みづらいでしょうね。とりあえず添田健一「象を探して」と不狼児「案内する」を読んで、「不狼児さんは相変わらず巧みだなあ」と感嘆。
 開会後はちょっとひどかったですね。机の前に紙が張ってなかったので誰が誰だか分かりませんでしたし、自己紹介もないし、マイクの受け渡しも時間が掛かってましたし、終了の時刻は知らされませんでしたし、ハウリングは頻発しましたし、何よりも東さんが「段取りを考えてない」とかマイクを持っている状態で口走ってしまうのが、また、なんとも。しかし、まあ、イベントは難しいですし、東さんの穏やかな人柄が分かったので、とても良かったです(複数のお仕事を平行してこなせる方のようなので、もっと時間に厳しく、己をしっかり律するような固い方だと思ってました)。
 笑ってしまったのはサプライズゲストの扱い。客席の最前列に来賓席というのが用意されており、高原英理らしき方がいらしていたのですが、それとは別にトークしている四人の隣にも椅子が二脚置かれており、そこに京極夏彦平山夢明が座らされてました。

東「サプライズゲストの京極先生と平山先生です」
京極「今日はお客さんということで招待されたのに、どうしてそのお客さんが見える席に座っているのでしょう」
平山「怪談を書いていると湿っぽくなるので、客席にどうぞと言われたので来たのですが、おかしいですね」
京極「水もないしね。壇の下だし」
(客席爆笑)
京極「こっちの方が盛り上がってるし」
(客席再度爆笑)

 京極夏彦トークが非常に上手かったです。正規のゲストではないからでしょうか、穂村・加門・福澤の三人と比べると話を振られる回数は少なかったですが、振られたときにはちゃんと客席に向けて、分かりやすいように喋ってくれ、またちゃんと笑いを取っていました。京極の出演するイベントは、今後は狙って参加したいですね。
 イベントの内容としては、
ビーケーワン怪談大賞の説明。
・ゲストたちそれぞれの、この賞の捉え方。
てのひら怪談の説明。
・ゲストたちそれぞれの、てのひら怪談の感想。
西荻てのひら怪談の朗読。
・ゲストたちそれぞれの、西荻てのひら怪談の受賞作の感想。
・質疑応答。
 などでした。文章作品の朗読を聞くのは初めてですが、中々、面白いと感じました。800字という制限のあるビーケーワン怪談大賞の作品や、西荻てのひら怪談の作品は、詩的であるという点において、朗読に向いていますね。
 このイベントにおいて、秋山がもっとも興味深く感じたのは、質疑応答のときに二人目の方がされた質問「怪談に絶対に必要な要素を教えてください」に対する京極の回答。あまりに感動的な回答だったので、メモを取るのを忘れ、聞き入ってしまったほどです。以下に回答の要素を箇条書きにします。

てのひら怪談に収録された作品を見ても、また西荻てのひら怪談に応募された作品を見ても「これはファンタジィです/これはSFです」と名乗れば、その瞬間にファンタジィになってしまう作品やSFになってしまう作品がある。
これは怪談に限らず、全てのジャンルは受け手によって左右されるからだ
・たとえば幻想文学とされている色々な作品だって「東雅夫が編集長をやっていた『幻想文学』で紹介されてから」という曖昧なもの。もし、東が『幻想文学』をやっていなかったら、SFになっていたかもしれない。
・一体、何処までが怪談で、何処からが怪談ではないのか。その境界を作っているのは、今を作っている我々である。

 思い返しても感動で胸が震えますね。京極も言っていますが、これはほんとうに怪談に限った話ではないと思います。他のいかなるジャンルの作品にだって言えると思います。と言うか「あなたがライトノベルだと思うものがライトノベルです」という言葉だって、うえの思想から抽出されたものと言えますね。そんなことを考えているとイベントは終了しました。『てのひら怪談』に作品が載った方は、この後、食事会があったらしいです。死ぬほど死ぬほど死ぬほど行きたかったです。次にこういうイベントがあったら、その後の食事会に参加するために第5回ビーケーワン怪談大賞では、大賞を取らねばならないと深く決意。
 まあ、そんな感じで、西荻てのひら怪談というイベントは、秋山にとって大成功だったと思います。


 やっぱり大局的には「怪談」なんてジャンル、知名度は低いですし、注目しているひとも少ないかと思います。しかし、確実に一定の層の興味を惹きつけています。そして何年か、もしくは何十年かしてから、いまが「あのときは東雅夫が『幽』と『ビーケーワン怪談大賞』をやっていた幸せな時代だった」と称えられる日が来るかもしれません。いまはまだない未来のなかにある、輝ける過去に、いま『幽』を読んだり『ビーケーワン怪談大賞』に触れることで住むことができるのです。ああ、いまはきっとすごい幸せな時代です。もっと怪談に触れ、怪談に関係し、いまという時間を大切にして、いまの怪談を盛り上げて、いつか過去をのんびりと回想できる未来に着地したいな、と思います。
 そんなことを思いながら西荻から帰っている最中、がくしさんのmixiを読んで面白いなと感じました。以下、勝手に引用します。怒られたら消します。

 話を聞きながらいろいろ考える。超短編はまだここまでのムーブメントになりきれていないのだ。がんばらなくては。

 実は秋山もこのイベントを通じ、東雅夫の努力と、怪談というジャンルの静かな盛り上がりを肌で感じつつ、回廊もどうにか盛り上げることができないかと考えていたので、がくしさんの「超短編をここまでのムーブメントにしたい」という思考には、シンパシィを覚えます。
 と言うわけで、西荻てのひら怪談がすごい良かったよ! というお話でした。
 秋山はこれから回廊をがんばるので、がくしさんは超短編をがんばってください。まずは、自由題を再開させましょう!

*1:余談になりますが『首無の如き祟るもの』は今年度のこのミス・本ミス・文ミスを総なめする可能性の高い傑作らしいですね。

*2:余談になりますけど『てのひら怪談』を担当したS氏が、あの『八本脚の蝶』を担当された方と知りました。先に知っておけば、イベント中のS氏の動向にもっと注意を払っていました。無念。