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水野奏美『約束したはずなのに』


約束したはずなのに
オンライン文芸マガジン『回廊』第11号所収


作者:水野奏美
分量:原稿用紙15枚
発行日:2007年6月15日
発行元:文芸スタジオ回廊

 私の母には三つの特徴がある。ひとつ、普段はとても温厚でけして怒らないひとだ。ふたつ、父と離婚した後は男遊びを繰り返し、家にはいつも見知らぬ男がいる。みっつ、自分の部屋に入られたときだけは、すごい剣幕で怒鳴る蹴るの暴力を振るう。ある日、体調を崩し、家で休んでいた私は、家のなかに初めて見る男がいることに気がついた……。
「エロこわい」特集に寄せられた三作目の小説作品、著者は碧い雫降る処水野奏美さん。他の二作とは異なり官能小説分は少なく、変わりに恐怖小説的な面が大きい。特に秀逸だと思われるのは「音」の処理の仕方と、現実か虚構かの判断を読者の手にゆだねている点だ。自分以外には誰もいないはずの家で「カチッ…カチッ…」と時計の針が鳴るのは、本来はなんでもないことのはずなのだけれど、こういうときに限って妙に恐いというのが往々にしてある。本作品では、そういう日常の延長線上を描いているので、もう何と言うか「明日は我が身」である。やや展開が急なのと、結末部分で怪異に明確な理由が与えられてしまっているのが個人的に残念ではあるが、短くまとまっていて読みやすく、面白かった。