雲上四季〜謎ときどきボドゲ〜

本と涙と謎解きと、愛しさと切なさとボードゲームと

子どもに読ませられる本などドブに捨てろ

 なんだか緩やかに入間人間嘘つきみーくんと壊れたまーちゃんが広がっているような気がします。

 で、弾小飼さんの書評を読んでいたら、id:hobo_kingさんのエントリが引用されていて、それを読んで「うわー」と思いました*1。具体的には、以下の部分。

でもR−18に指定したい。というかこれを楽しめるの子供は何か間違っているような気すらする。
読むなとは言わないけど、心して読んでほしい。
実は是非読んでほしいけど、読めと言えない。

 まあ、本音が「是非読んでほしい」ということなので、スルーしてもいいのですが「これを楽しめるの子供は何か間違っているような気すらする」には首を振らざるを得ません。
 なんて言えばいいのでしょうね、大人の自分勝手な感性によって子どもから小説を奪うという行為が、あまり好きではありません。たとえば秋山の記憶では、麻耶雄嵩神様ゲームが顕著な例です。

神様ゲーム (ミステリーランド)

神様ゲーム (ミステリーランド)

神様ゲーム』は講談社が出しているミステリーランドという叢書の1冊で、この叢書は「かつてこどもだったあなたと少年少女のための」というキャッチフレーズで売り出されている、箱入りハードカバーの児童向けミステリで、小学校の図書館にも数多く入っています。ところが開始当初からこの叢書には、陰惨な作品がありました。『神様ゲーム』はそんなミステリーランドのなかでも特に陰惨な話で、大人でさえ読了後にはちょっと鬱が入るような読後感の悪い、暗い作品です。少年犯罪が発生したとして、犯人の本棚に『神様ゲーム』があったら、マスコミに取り扱われてしまうような作品です。
 けれど、だからと言って『神様ゲーム』が子どもたちに読ませるべきでないとして、忌避されるべきでしょうか?


 否、と秋山は答えます。断じて否、と。


 むしろ積極的に読ませたいとすら思います。何故なら、ひとはDarkを知ることでDarkに転向し、知らなければLightのままでいられるというわけではないのです。CHAOSを知ることでCHAOSに転向し、知らなければLAWのままでいられるというわけでもないのです。そもそも、LightにせよLAWにせよ、大人がそうだと思っているだけで、本当にそうであるとは限りません。『神様ゲーム』や『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』がDarkであるとかCHAOSであるというのも、見方のひとつであり、大人、もしくは個人の幻想であるという可能性すらあるのです。だとしたら、それをこそ教えるべきではないでしょうか。この世には単一の思考では判断しきれない事項があり、物事の見方はひとつでなく、二元論的な思考こそ極めて危険である、と。
 この思考がもうちょっと過激になると「安心して子どもに読ませられるという本など、子どもを精神的に去勢することに他ならない。ドブに捨てろ!」となるのですが、さすがにそこまでは思っていません。タイトルはちょっと大げさに言ってみました。
 まあ、そうは言っても子どもに様々な考え方を教えてあげたいからと言って『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』が相応しい作品かと問われると、それも首を捻るところです。西尾維新戯言シリーズはいいかもしれませんね。後、赤江瀑

*1:小説は読了済みのものを除いて感想を読まないようにしているのです。