雲上四季

本と涙と謎解きと、愛しさと切なさとボードゲームと

ビーケーワン怪談大賞傑作選『てのひら怪談2』全作感想

 第5回ビーケーワン怪談大賞に応募された作品を精選して作られたてのひら怪談2』
 全作の感想を書きました。ネタバレに対する配慮はあまりしていません。ですが数が多いので、先に読んでしまっても忘れてしまうので平気かと思います。
 長いので、続きを読むの中に入れておきますね。

クジラマク「赤き丸」

優秀賞受賞作。頭にこれを持ってくる東雅夫の容赦のなさに頭が下がる思いです。だって大勢の子供ピエロに交じって、顔だけピエロのブリーフ一枚男が遊んでいるのですよ。こんな奇天烈な奇想を真っ先に読まされたら「とりあえず最初の1編だけ読んでから買おうかどうか決めよう」と思って立ち読みした読者が打ちのめされるに決まっているじゃないですか。書店で大勢の死人を出すに違いない怪作。斬れ味も抜群でした。

岩里藁人「シャボン魂」

 1編目が「赤き丸」とどぎつい原色のような作品であったのに対し、こちらは曖昧然とした趣きです。最後の一行まで読んで「ふむ、まあ、こんなものか」と思い、ふとタイトルに目を走らせてみて、ぎょっとしました。これは嫌らしいタイトルですね。タイトルを意識するかしないかで、作品の方向性が百八十度、反転するように思います。鮮やかです。

根多加良「呼び止めてしまった」

 実に不可解な作品でした。つまり、ざっくり言って健一ではなく、ノブだったということでしょうか? 頭を捻りつつ、著者名を見てみたら、ねたかさんでした。ねたかさんが真っ当な作品を書いている! と驚いたのも束の間、よくよく読み返してみると「ゲタゲタガハガハ」だなんて、ねたかさんしか使わないような擬音もありましたね。いつも通りのねたかさんでした。

阿丸まり「水恋鳥―フレフレ―」

 空行の多い作品です。スピード感がありますし、最後の一行の転落も素晴らしいのですが、密度が濃くて、より幻想幻想している作品を好む秋山としては、いかにも物足りません。せっかくの水恋鳥や、方言がもう少し活かせたのではないかなと思い、ちょっと勿体なかったなと感じました。

都田万葉「未練の檻」

 やや凡庸に感じました。血液が金魚になる様は非常に優れていたように思いますが、やはり恋愛要素を絡めると途端に色褪せて見えてしまいます。縫い針で指先を突いてしまったときの痛み、夫を待ち続ける苦悩、葛藤……それらが単なる言葉ではなく、生の感情が出た言葉で表現されていたら良かったなと思いました。後はプラチナの結婚指輪というガジェットに振り回され過ぎだったかな、とも。

宮間波「深夜の騒音」

 ぱらりら、ぱらりらー。バイクのクラクションに悩まされた経験は、自分にもあるので主人公に感情移入しながら読みました。けれども、あるいはだからこそ描写不足に感じました。行ったり戻ったりするのではなく、のんびりのんびり移動している感じでしょうか? それって明らかに異常で、だとすると主人公の行動はちょっと論理的でないなあとか思ってしまいました。

狩野いくみ「赤地蔵」

 まさしく、ようと知れない作品でした。実は最初、お館様と若様を勘違いしていて「あれ、結局のところ誰が食われたの? お地蔵様って一体?」と首を捻りました。再読して構造自体は理解できましたが、それでもなんだか濃い霧のなかに放り出されたような感覚で。このよく分からないところを楽しむものかもしれませんね。

高橋史絵「石がものいう話」

 これは男女によって評価が分かれそうな作品ですね。だって、悪いのは周氏より祭氏であるように思うから、陶氏が恨みを果たすべくは祭氏の方が良かったように思うからです。とは言え、女性視点ではやはり周氏の方が悪いのかもしれませんね。しかし、そんな俗世の都合とは関係なく、あっけからんの結論に至る世の人々の結論が面白かったです。この最後の一文は心地よいですね。

暮木椎哉「阿吽の衝突」

 面白かったです。夜の神社で、激しく衝突を繰り返している狛犬が二匹。すわ何事かと読者の注意を引きつけておいて、この結論。いやあ、納得しました。シンプルにまとまっていてたいへん良い作品ですね。読み返してみて、最初の三行がさりげない伏線になりつつ、またここに二匹の衝突の理由も隠されていそうなことに気がつきました。

白ひびき「石に潜む」

 出だしが最高に面白かったのですが、終盤で失速して、不完全燃焼です。「龍が鳳へと変化する最中に」閉じこめられた石というのが出てくるのですが、それが具体的に描写されずにいてとても残念でした。もう一方の水入り瑪瑙には、わりと文字数が割かれていただけに。全体的にちょっと勿体ないなと感じました。もう一歩か二歩、踏み込んでいれば傑作になっていたように思います。

君島慧是「デウス・エクス・リブリス」

 傑作。タイトルからして期待を抱かせ、一行目からものすごい勢いで物語内世界に引き込まれました。蔵書票や絶滅危惧種といったガジェットの使い方も実に秀逸で、描かれている幻想もたいへん美麗でした。そして最後の一行にまた哀愁が漂っており、最後まで存分に魅せてくれます。ここまで洗練されていると、返って憎たらしいぐらいですね。堪能させていただきました。

田辺青蛙「幽霊画の女」

 はっはっはっ。いやあ、笑いました、爆笑しましたよ。軽いスタートにほいほいと読んでいったら、とんでもないものを掴まされてしまったような。この低俗さは、実にいいですね。最後の一行はちょっと斬れ味が鈍いような気がしないでもないですが、それでも主人公の情けなさが現われていて、たいへん素晴らしいと感じました。こういう息の抜ける作品はいいですね。大好きです。

松本楽志「厄」

 また、ねたかさんかと思ったら、がくしさんでした。今までに読んだことのない作風だったので、ちょっと驚きました。変化球と言うか、挑戦しにきたなあという感じです。鉄管子というネーミングにはやられました。後、最後の一行が最悪に嫌らしいですね。なんだか、この1編を読んでしまった読者にまで厄が押し付けられてしまったみたいです、やめてくださいよ、もう。

行一震「もんがまえ」

 あ、いいですねー。なんとなく角田光代三浦しをんの影響が見えるような気がしますが、あっさりと仕上げていて面白かったです。タイトルも捻ってあっていいですね。秋山だったら安易に「闘」としてしまいそうなところ「もんがまえ」。ああ、なるほど門のように構える、というダブルミーニングなのかもしれませんね。たいへん素晴らしかったです。

仁木一青「のぼれのぼれ」

 お、これも素晴らしい。なんと可愛らしい幽霊マンションでしょうか。うかつなところが、とてもキュートですね。最後に「あっ」と言ってしまったのが、ただの声ではなく女の子の声だったら、さらに素敵なところでした(ライトノベル読み的な発想ですね、失敬)。しかし、友人の母親というものは、どうして美人で菓子作りが得意なのでしょうね。不思議なものです。

牧ゆうじ「灯台

 これは今ひとつでしたかね。奇妙な出来事を、さも奇妙な出来事であるかのように描写する能力はあるように思うのですが、それが活かしきれていないように感じました。具体的には物語の欠如。別に小説に物語が必須だとは思っていませんが、これはあまりに捻っていなさすぎだと思います。「灯台」をタイトルにするのであれば、もう少し灯台に焦点を絞り、凝縮すれば良かったのではないかな、と。

有井聡「磯牡蠣」

 優秀賞受賞作。キッチュですねー。最後の一行が特にキッチュです。いっそ、騙してくれていた方が良かったのにという、不毛な願いを抱きそうになる嫌らしさです。わりと牡蠣が好きだから、余計にそう思うのでしょうか。中盤の目玉の描写を読んでしまったので、しばらくは牡蠣が食べられなくなりそうです……ちなみにタイトルから『さもなくば海は牡蠣でいっぱいに』を連想しましたが、あまり関係ありませんでしたね。

間倉巳堂「白髪汁」

 うわああああ、これも困る! 二連続で気持ちの悪い作品を配置するのは、本当に勘弁いただきたいと涙目です。なんだか、これで牡蠣に引き続き、浅蜊の味噌汁も飲めなくなりそうです。いやあ、困りますわ。後、この作品は、小人という恐怖も内包している点が秀逸ですね。白髪に耐性があって生理的嫌悪感を抱かなかったひとでも、浅蜊のなかに老人という奇想にはノックアウトされそうです。なんという二段構えの罠!

金子みづは「焼き蛤」

 嫌らしい作品を続けて読んだ後に、こういうのが来ると落ち着きますね。ええ、落ち着きます。どれぐらい落ち着いたかというと「お父さん、初物好きだから」という発言を深読みして、思わず赤面したぐらいに落ち着きました。しかし、配置の妙ですね。これ1編単体で読んでいたら地味だと感じていたかもしれませんが、「磯牡蠣」と「白髪汁」の後に読んだら一服の清涼剤に感じました。

添田健一「食卓の光景」

 そえさんの作品は、とにかくリアリティがあって、しっくり来る作品ですね。「影がない」であるとか「遺影を隠してくれた」であるとか、そういった行動が登場人物たちの性格が推し量ることが出来ます。言葉の選び方が秀逸。……だったのですが、最後の一行には首を捻りました。「大いなるもの」と聞くと、どうしてもクトゥルーを思い出してしまいます。うーん……。

久遠平太郎「二〇〇七年度問題」

 いやいや、一社員として雇いなおしてやれよ! と読み終えた直後に突っ込んでしまいました。面白かったです。バレバレではありますが、途中にしっかり伏線を敷いてありましたし、完成度の高い作品ですね。技巧的に上手いわけではないですが、こういう落ちが明瞭な作品は、安心して読めるので好きです。2007年問題というのもタイムリーでいい感じです。

我妻俊樹「客」

 いやあ、しっとりとした、いい話ですね。よく練られている、と感じました。それに、きっと何度も書いては削り、書いては削りしたのだろうなと伺わせる端整な文章でした。堪能させていただきました。こういう描写に優れた文章を読むと、どうしても「もう少し長い作品を読んでみたいな」と思ってしまいますね。面白かったです。

コバヤシ「気配」

 ふーむ。なんとも言いがたい、難しい作品ですね。「それ」が何であるか分からないという点が魅力となりえないこともないと思いますが、文章で魅せるわけでもなし、物語で魅せるわけでもなし、退屈な作品でした。一応、二度ほど読んでみましたがあまり記憶にも残らず……申し訳ないですが、やや肌に合わなかった模様です。

武田若千「女」

 んー、惜しい! と思いました。と言うのも、超短編か実話怪談本のどちらかで、これと非常によく似た構造の作品を読んでことがあって、しかも面白さで言えばあちらに軍配が挙がってしまうのです。残念ながら、どこで読んだかは思い出せませんが、その読書経験がなければ十二分に楽しめたであろうなと思う出来ではあります。敢えて言うならば、もう一歩踏み込んで欲しかったかな、ですね。

島村ゆに「伝手」

 参りました! 正直なところ、途中までは退屈だなあ……と思いながら読んでいたのです。なんだかいかにもありそうな話で、実話怪談で何度も何度も使い回された話で、今さらなんでこれが? と首を傾げていたら、最後の一行で見事に刎ねられました、首を。いやあ、これは素晴らしいですね。まったくもって、参りましたわ。完敗です。

米川京「蜘蛛の糸」

……ほわっつ? 思わずばかみたいな声が出てしまったが、これはまた難易度が高い。率直に言って、何が起こっているのか、どういう作品なのか検討もつかなかった。二度、三度と読み返してみたが言葉が頭を素通りしていくばかりで、どうにも場景を思い浮かべることができなかったです。残念ながら、苦手な部類の作品だったようです。

小出まゆみ「夜泣き岩」

 ううむ。悪くはないと思います。最初から最後まで一本、筋の通った、それなりの完成度を誇る、悪くない作品だと思います。けれど、残念ながら読後の感想としては「で?」というものでした。だから何なのかと。と言うのも、あまりにストレート過ぎるのですよね。ふた捻りとは言いませんが、せめて、もうひと捻り欲しかったところです。

朱雀門出「カミソリを踏む」

 あいた! いた、いたたたたた。これは鮮烈な作品ですね。文章によるイメージの想起力が凄まじいです。読んでいるうちに、足の甲を突き破って、刀がその切っ先を見せるのではないかと思ったぐらいです。最後の一行は賛否両論ありそうですね。秋山はない方が良かったのではないかと思います。ラスト二行で終わった方が、すっきりまとまっていたと思います。地獄にする必要はなかったと思います。

春乃蒼「迦陵頻伽─極楽鳥になった禿」

 ま、これはこれでありかなと思います。「夜泣き岩」と同じく、可もなく不可もなく、だから何? と首を傾げてしまうような作品ではあるのですが、表現が優れているので面白いなと思えてしまいます。でも、せっかくこのレベルの語りが出来るのであれば、語りで魅せるだけでなく、その内容においても魅せてくれればよかったなと欲張ってしまいます。

池田和尋「鬼女の啼く夜」

 あー……これも、また実にキッチュですね。怪談としてこの手の話は、ありと言えばありだと思いますし、むしろよくある部類でさえあるかもしれませんが、ちょっと近親相姦物は受け付けません。特に妹。ううむ、申し訳ないですがまったく評価できません。

平平之信「生まれ変わったら」

 転生繋がりということですか。これもまたどうかなあと首を捻りながら読んでいたのですが、最後の一行でミステリ的な落ちがついて、くすりと笑ってしまいました。いやあ、ミステリでは比較的よくあるトリックではありますが、まさか『てのひら怪談』で目にするとは思いませんでした。思考の盲点を突かれた感じですね、天晴れです。

加楽幽明「禍犬様」

 上手いなー! というのが読後の感想。ある意味で、完璧な民俗学的な怪談と言えるのではないでしょうか。妖怪一歩手前の現象を取り扱いつつ、怪談ならではの不明瞭さでそれを覆っている。実に見事な腕前だと思いました。文章力も突出していますし、これは完成度が極めて高いと感じました。良いですね。面白かったです。

新熊昇「連子窓」

 素晴らしい。猫が出てくるというだけで、全肯定です。しかも、それが上手く仕上がっているとなるとことさらです。夢と現実を行ったり来たりするような酩酊感、全体にうっすらと漂うえたいの知れない哀愁、そしてラスト二行とタイトルが放っているきれいな協和音。すべてが有機的に接続し、一個の怪談をなしているように感じました。良かったです。

西村風池「猫爺」

 うひー、これも良かったです。「蒟蒻のようにくねくねしている」だとか「乳房が風船のごとく膨れたと思うと急に萎んだりする」なんて最高ですね。もう大爆笑でした。猫ってやわらかいですものね。最後に交わされた、ちょっとした会話も哀切を帯びていて素敵でした。やはり猫が出てくると、もうそれだけで作品が輝いて見えますね。猫が好きです。

江崎来人「お花さん」

 これは凄絶な官能ですね。読みながら、ドクドクと心臓が高鳴るを覚えました。言葉に力が満ち溢れていて、それがマグマのようにどろどろと作品の根底を流れているようにも感じました。実に力強い作品ですね。鶏の脚をしなびた乳房に押し当てるシーンなどにはゾクゾクしました。お花さんは、とても八十過ぎたお婆さんとは思えませんね。素晴らしかったです。

沢井良太「首」

 お、いいですねー。喋る兎というのが最高にいいです。口調もちょっと突飛ですし、雰囲気が出ていると思います。しかし、中盤がすごい良かっただけに、結末の凡庸さにはちょっとがっかりしました。せっかくの怪談なのですから、きっちりと現代的な落ちをつけるのではなく、もう少し幻想に走っても良かったのではないかなと思いました。

亀井はるの「ネパールの宿」

 実話怪談……ですかね。ネパールとわざわざ断っているところに興味を覚えたのですが、結局のところ異変が起こって、祈祷師を呼んでどうにかしてもらったというだけの話。実話怪談としてなら、別に悪くはないと思いますが、読み終えてから呆然としてしまいました。え……今のなんだったの? と。

長谷部弘明「山鳴る里」

 ううむ、これも如何ともし難いですね。雰囲気で魅せる作品のひとつではあるのですが、他にもっと技巧的な作家が雰囲気で魅せてきたのを読んでしまった後だと、どうしようもなく薄く感じてしまいます。具体的には、想起されるイメージが弱いことと平凡であることが言えると思います。単品なら面白く読めたのでしょうが……残念です。

山本ゆうじ「蚊帳の外」

 どうして土佐なのか、ということが第一に気になりました。実は秋山の父は高知の出身で、父方の祖母は土佐弁を喋ります。その話し言葉が耳に残っているからでしょうか、土佐の山奥という文明=標準語から隔離された土地であるにも関わらず、標準語で会話している人々に違和感を覚えて仕方がありませんでした。ううむ、もう少し作品を作品として楽しまねばと思うのですが、精進あるのみですね。

吉田匣「仮通夜」

 ううむ、これはアウト、かな。最初の十行で落ちが見えてしまうことに加え、祖母が室内にいることに違和感を覚えて仕方がなかった。仮に祖母が外の行列に交じっていて、そこから嗤いかけてくるのであればまだ分かりますが、お迎えが来ているのに悠長に室内にいて、孫を驚かせているというのが不自然に思えてしまいました。もうひと捻り欲しかったです。

吉田悠軋「通夜」

…………え? ええっ! まさか死んでるってことですか。うっひゃー、これは面白いですわ! 完全に飲み込まれました。これは傑作ですね。驚きました。二度、三度と読み直してみましたが、実にいい小説でもありますね。さりげない導入から、特異な祖母の紹介、そして真相をちらつかせて、余韻を残す締め。非の打ち所のない、完璧な怪談だと思います。ありがとうございました。

梅原公彦「大好きな彼女と一心同体になる方法」

 んー、あー……申し訳ないですが、これもキッチュに過ぎるように感じました。この手の作品が好きなひとにとっては垂涎物かもしれませんが、秋山にとってはただ純粋に不愉快でした。

漆原正貴「いのち」

 やりたいことは分かるのですが……これもある種の、だから何? の変形ですね。とは言え、序盤は非常に面白かったです。ひよこ売りというのは怪談におけるひとつの完成されたガジェットですよね。カタマリに対する父の態度も謎めいていて良かったです。ところが、結末がなんとも曖昧模糊としていて、しかもタイトルが「いのち」となると、ストレート過ぎたかなあ、と。

散葉「散歩にうってつけの夕べ」

 祭り繋がり、でしょうか。いい接続ですね。なにか裏があるのだろうなと思いつつ読み進めて、最後にきっちり落としてくれて安心して楽しむことができました。ただ、うさぎの死体だけはちょっと気持ちが悪かったです。出目金を墨汁にしたのですから、手袋も無機物で良かったのではないかなと思います。どうでもいいですが、ラスト一行でGANTZを思い出しました。

山村幽星「影を求めて」

 うーん、面白い作品だとは思いますが、なぜか文章が頭の中に入ってきませんでした。申し訳ないですが、どうも肌に合わないようです。要因のひとつとしては散策子という言葉が挙げられると思います。散策子って意味のある言葉なのでしょうか? 辞書を引いても分からず、そこが気になってしまい、物語に集中することができませんでした。残念。

神森繁「不思議なこと」

 おお……! これは引き込まれました。本当に不思議ですね。訳が分かりません。そして、この訳の分からないっぷりが実に心地よいです。最後の段落も気持ちのいい余韻を残してくれますし、いいですね。実に気に入りました。祖母の造形がまた良いですよね。「不思議なことをしようか?」と言い出したときの笑顔が、容易に思い描くことが出来ます。面白かったです。

五十嵐彪太「狐火を追うもの」

 少年心理を描くのが劇的に上手いなと思ったら、ひょーたんさんでした。納得。物語の展開もとにかく秀逸で手馴れているなと感じました。最初から狐火というキーワードを巡るようにして、ぎゅいんぎゅいん物語を加速していって、最後も狐火からそれほど離れることなく、華麗に着地。拍手喝采せざるをえないような完成度の高い作品でした。堪能させていただきました。

立花腑楽「夏の終わりに」

 おおおお、これはいい意味で気持ちの悪い作品ですね。「黒くてカサカサしたもの」というくだりで、思わずぎぎゃーと叫びそうになってしまいました。だって、リアリティが抜群なんですもの。夏が一気に過ぎ去って秋になってしまうという技巧も、洗練の極致でしたし。夏の気だるさも、現実世界は12月だというのにばっちり感じさせていただきました。

うどうかおる「グラマンの怪」

 出だしが「『幽』七号の紀田順一郎さんのインタビューを読んで」だったので、思わず笑ってしまいました。あのインタビュー記事かあと思いながら読み進めていったのですが、ラストで「ん?」と首を捻りました。お恥ずかしながら、グラマンを知らないのです。広島や長崎に関しても「核?」と首を捻り、なんの話だかまるで分かりませんでした。ジェネレーションギャップでしょうか……?

粟根のりこ「カツジ君」

 あ、これはいい話ですね。前半に配された謎が、後半できれいに回収され、しかもその場にいない祖母という人物が、非常に好人物として浮かび上がってきます。ミステリ読みとしてこの手の話は大好きです、大歓迎です。ただ、最後の一行だけは疑問でした。どうして、遠い南の異国の島なのでしょうか? 戦地がそこだったのでしょうか??

酒月茗「町俤」

 うへはー、さすが酒月茗さん! と嘆息せざるをえない腕前ですね。熟練の文章書きが擁する、抜群の文字選びのセンスと、その時代のことを知りえない読者にさえイメージさせる、卓越した想起力が見受けられました。だって、ラスト三行で世界が一瞬にして塗り替えられるのですよ、それも鮮やかに、鋭く。いやあ、堪能させていただきました。

水棲モスマン「使命」

 ええーっ、なにこれ、面白い! 激烈に面白かったです! 変化した吹き出しの台詞が気になって仕方がありません。もう素晴らしい牽引力でした。正直、序盤は今ひとつだったのですが、中盤からの巻き返しが凄まじくて、落ちも良かったです、好きですこういうの。実に完成度の高い怪談ですね。いやー、最高に面白かったです。

駒沢直「風呂」

 思わず親指を立てて「グッジョブ!」と言いたくなるような作品ですね。短くて斬れ味抜群の作品は、秋山の最も好むところです。この作品のいいところは、ミッキーマウスがかわいいところ、そして主人公が恥ずかしくて立てないところですね。最後の一言も効いていますし、良かったです。やはり、これぐらい短い作品が何作か欲しいですね。

別水軒「鏡」

 実話怪談風ですね。全体的に筆致が好ましくて楽しく読めました、特に川の字になるというくだりは、たいへん好みです。けれど、やはりこれもある種の「だから何?」に属される作品ですね。どうやら鏡が怪異の原因であるらしいと問題提起され、では鏡を元の場所に戻そうで、話が完結してしまっていて広がりがありません。面白くありません。残念です。

井上優「踏み板」

 お、これはいいですねー。しかし、考えてみれば、構造それ自体は、先ほどの「鏡」と似ていますね。怪異が発生する原因があって、それを取り除いたら怪異が止んだ、と。構造は同じであるにも関わらず、こちらは面白い、何故か? ひと捻りあるからですかね。最後の三行に、読者の空想を許すゆとりと言うか、遊びがあって、その余裕さが面白さを生み出しているように思います。

井下尚紀「狐がいる」

 簡素ですが、これはこれでいい作品ですね。過不足なく、作者の描きたかったのであろう出来事が、ほぼ忠実に文字で表現されていると感じました。取り立てて傑作だとか面白かったとかはないですが、平均して楽しむことができる安定性があったように思います。こういう作品もいいですよね。好きか嫌いかで言えば、断然、好きです。

小栗四海「ディアマント」

 んー、残念ながらこれも肌に合わない作品のひとつだったようです。どうしても文章が頭のなかに入ってこず、落ちも面白いのかそうでないのか判断がつきませんでした。読解能力不足で申し訳ない限りです。

林不木「シミュラクラ」

 ははは、いいですね。こういう底抜けに明るくて、ちょっとキッチュなの、嫌いじゃないですよ。息抜きとしては最適だと思いますし、この手の何人もの作家が参加している形式の本では、なくてはならない存在と言えるでしょう。縁の下の力持ち、とでも言えばいいのでしょうか。たいへん面白かったです。

崩木十弐「怖いビデオ」

 あ、悲しい。これはとても悲しい話ですね。特に最後の、忘れてしまっているところに、もっとも深い悲しみを覚えました。全体的に淡々と、ともすれば他人事とも取れかねないほどにドライに進むのですが、主人公の意識の根底には、母と弟に対する深い愛情があるのだなあと感じさせられました。良かったです。

黒田広一郎「鳥雲」

 思わず息を呑みました。一度、通しで読んでから再読しつつ感想を書いているのですが、実は再読時に記憶にありませんでした。「つまらないから覚えていなかったんだっけ」と思いつつ、読んでみるとこれが非常に巧くて巧くて、どうしてこんな優れた作品を忘れてしまったのだろうと首を傾げるぐらいです。びしっと決まっていて、隙のない良い作品。面白かったです。

椎名春介「帰り道」

 いいですね。何故か語り手が『ガリレオ』の福山雅治に思えて「さっぱり訳がわからない」と微笑んでいるシーンを思い浮かべたりして、爆笑を堪えるのが大変でした。全体的に淡いトーンでありながら、すとんと落ちるような面白味があって、たいへん素敵です。ラスト一行も余韻を残す味わい深いものだと思います。すっきりとしたいい作品ですね。

貫井輝「問題教師」

 ははは、さいこー。ちょうさいこー。あまりに一発芸的な、技巧も奇想もあったものではない、発想勝ちの一作なのですが、こういうのもいいですね。タイトルと内容にやや距離があるように思わなくもないですが、この軽妙……と言うか、単に軽いだけ(だが、軽い方向に特化している)の語りは、実に良かったです。こういうの大好きですよ。

仲町六絵「せがきさん」

 ううむ、これは怖い。いかにも実話怪談的な展開ですね。秋山の思い込みかもしれませんが、実話怪談ってひとの感情が交じっていないように思うのですよね。たとえばこの作品、創作であれば当然、担任の先生に対する主人公の罪悪感があってしかるべきなのに、それがありません。人間不在の怪談が、実話怪談なのではないかなと思います。別に嫌いではないですよ、実話怪談も好きです。でも、創作怪談の方がもっと好きです。

亀ヶ岡重明「アキバ」

 な、なんという斬れ味……ラスト数行に辿り着くころには、全身鳥肌でした。ううむ、いい意味で嫌らしい作品ですね。濡れた手でいきなりうなじの辺りを撫でてくるような作品です、もうほんとうに勘弁していただきたい。アキバっていう名前もいいですね。てっきりDQNな先生に関する話なのかと思わせておいて……というミスリードも効いていました。

加上鈴子「壁の手」

 いやあ……いい話ですね、と。最後の一行はたいへん良かったです。「壁の手」という怪異の意味を百八十度回転させると同時に、上手く落としているように感じました。けれど、今ひとつ心に残らないのですよね。なんとなく問題は前半にあるように思います。語句選択がありきたりと言うか、テンプレートに乗ってしまっているので、引きつけるちからがありません。もう少し踏み込んでくれていたら傑作だったかも、と思います。

武田忠士「写生」

 端整な佇まいですね。こつこつと積み上げていって、最後の一行で薄ら寒いものを残すような。しかし、これもまたどことなく実話怪談的な趣きですね。校舎の屋上に描かれていた黒い塊。これが、黒い塊、もしくは大きな人でしかなかったのが、ウィークポイントかなと思います。もっと広がりのある奇想であれば、格段に深みが増していたように思います。

野暮粋平「酒場にて」

……お、再読して気づきました。もしかして、これは病死と見せかけておいて、母親に殺された少女の話ということですかね。さらに友人の性別が明かされていないのを鑑みるに、友人こそが娘を殺した張本人だという読み方もまた可能ですね。最初に読んだときは、薄い作品だなと思ったのですが、改めて読んでみると味わいがあって、深みがある作品ですね。

日野光里「角打ちでのこと」

 角打ちという言葉を初めて聞きました。立ち飲みが好きで、居酒屋やバーで飲む回数より、立ち飲みで軽く引っ掛けることの方が圧倒的に多い秋山としては、わりあい親近感を持って読み始めたのですが、最後まで読んで、舞台が角打ちである必然性がなかったのがちょっと残念でした。せっかくの角打ちなのですから、角打ちならではの展開があっても良かったなと思います。

呪淋陀「マムシ

 あ、これは怖い。あまり得意なタイプの作風ではないので、今ひとつ肌に合わないなあと思っていたのですが、ラストの斬れ味は抜群ですね。読者をばっさりと袈裟斬りにするような力量が感じられました。ただ、やっぱり文章がちょっと苦手ですね。同じ言葉が繰り返されたり「ガシャーン!」のくだりは、もう少しどうにか出来たのではないかなと思います。

吉野あや「父、悩む」

 傑作。実に素晴らしいです。こういう奇想に満ち溢れた作品は大好きです。七〇〇系新幹線の顔をしたダンナというのが、実に好ましいです。そして後半に溢れる父親の愛情! 詩情! もう悶え苦しむほどの傑作ですね、これは。ラスト一行も冴え渡っていますし。ううむ、たいへんお見事でした。堪能させていただきました。

有坂十緒子「なめり、なめり、」

 ぎぎゃー!!「大量の××くじを呑んで自殺した」というくだりで、思わず本を投げ出しそうになりました。全身に気持ちの悪い鳥肌がたって、泣きそうでした。そしてこの最後の一行がまた凶悪なのです「どこか可愛く見えてくる」ですって? ないない、ありえなーい! うう、これはガクブル物の一作ですよ。グロ系が好きなひとは大好きなのでしょうが、秋山は……泣きそうです。

麻見和臣「乗り物ギライ」

 泳いで渡ればいいのに──とは無粋な突っ込みか。短くシンプルにまとまっている小気味良い作品ではありますが、それだけに肝心の乗り物嫌いである理由が、明示されぬままに終わってしまったのが残念でした。こういうタイプでは、逆に理由をしっかり明かしてしまい、きっちりと落ちをつけてから終わった方が良いのではないかなと思います。

峯岸可弥「橋を渡る」

 これはまた奇怪な。がくしさんが日記で、峯岸さんかな? というようなことを書いていましたが、これは確かに迷う作風です。どうやら別人の様子ですが、似ているな、と思った次第。最初から最後まで、幽玄に漂う奇想。鼻削ぎ、鼻の無い男、獅子……いずれの要素も浮世離れしたものでありながら、どこか愛着を感じさせる、ふしぎに面白い作品でした。堪能させていただきました。

室津圭「僕の妹」

 あーん、これいいですねー。病弱でわがままな妹が死の間際に、お別れを言いに来るだなんてステレオタイプもいいところなんですが、それでもこの手の王道は王道ならではのちからを持ちますよね。ラスト二行が漂わせる哀愁も、読後の余韻を際立たせていて、たいへん素晴らしいです。面白かったです。

勝山海百合「古井戸」

 あざといなーというのが読後、真っ先の感想です。この、ひとを感動させようと狙い済まされた姿勢には、ある種の憎たらしさまで感じます。しかも、それがそれなりに上手いとなると、もういよいよ悔しさが溢れるばかりです。というわけで、たいへん悔しいですけれど、これは上手い、良い作品ですよね。参りました。

保志成晴「千住が原からの眺め」

 おお、これは良い作品ですね。緑野という単純ながらも耳に残る良いキーワードが、突拍子もなく現われるあたりがまたいいです。最後の一行も、これからの展開を予想させつつも、期待を抱かせるいいものですね。全体が悲しみを帯びているのも、また好印象です。健次や義男といった無骨なネーミングも味に深みを出していますよね。面白かったです。

貝原「筒穴」

 穴繋がり、ということでしょうか。しかし……これもまた残念なことに、文章が頭を素通りしてしまいました。落ち着いているときに一編だけのものとして読んだら、また違う感想を抱けるのかもしれませんが、再読して駄目だったとなると、やはり肌に合わないのかな……と。もう少し物語を牽引してくれるような謎があったら、良かったと思います。

登木夏実「穴」

 これも穴繋がりですね。実は四次元ポケットのように何でも捨てることの出来る穴の話は、秋山も以前に超短編で書いたことがあって、なんとなく親近感を抱きました。けれど、こちらの方が幾段も上ですね。最後の一行が放つ輝きが眩しすぎます。そこで父の腕時計が出てくるかー! と、これはちょっとした離れ業ですよね。素晴らしかったです。

宇藤蛍子「隙間」

 穴繋がりの4作目は、これまた面白おかしく仕上がっていますね。狙ったのかどうかは分かりませんが、ページが移り変わったところで、一気に明るくなるのが素敵です「テレビでそう言ってたから」って……一瞬、絶句してから爆笑でした。最後のコーヒー・ゼリーも、なんだか可愛らしくていいですよね。楽しませていただきました。

野棘かな「かまいたちはみた」

 ははは。これは面白いですね。こういうタイプの作品は、もしかしたら初めて読んだかもしれません。ぎりぎりで物語としての体裁を保っていながら、すっとぼけた口調で読者をどこにつれてゆくか分からない。天然なのか確信犯(誤用)なのか判断がつかない、なんとも曖昧なラインです。こういう文章は書けないので、単純に羨ましくもあります。面白かったです。

青木美土里「押入れ」

 あ、これは悲しい。分かりやすく、シンプルで、軽くまとまった作品なのですが、何とも言えない哀愁が漂っていますね。「お寺の裏の家の娘」「逃げるように何処かへ引っ越し」といった、現実的な痛々しさを内包する描写が、さりげなく挿入されていて、それが悲しみを叫んでいるように思えました。子どもの語りのなかに、こういう言葉を挟むのを反則に思えるほどです。面白かったです。

圓眞美「からくり」

 えろい……! なんという、えろさ! しかも、ちょっと笑えます。「幽霊画の女」もいいなあと思いましたが、こういう艶かしいなかにある笑いというのも、また感慨深いものですね。奇妙な謎で読者を引きつけておいて、えろだと思わせておいて、笑い! いやあ、見事に引きずり回された感があります。参りました。完敗です。

皿洗一「豆腐屋の女房」

 んー、ちょっとキッチュですね。早い段階で落ちが見えてしまうことに加え、キッチュなだけの結末。これだけこの手の作品が掲載されているということは、やはり怪談というジャンルにおいてある程度、需要がある作品だとは思うのですが、どうしても受け入れることが出来ません。申し訳ございません。

黒猫銀次「空気女」

 ほほう、これはたいへん良い奇想ですね。最初は奇妙な存在であった空気女が、読んでいるうちになんだか愛着を覚えてしまい、チーズを開けるくだりでは「主人公。お前、空気読めよなー(ダブルミーニング)」などと思ったりもしました。最後の一行も面白いですね。楽しい作品でした。堪能させていただきました。

沙木とも子「移り香」

 ミステリライクな仕掛けがスパイスとして効いている、良い作品です。一人称小説でありながら、殺された私を客観的に描写するくだりは上手いなと感じました。白いバスローブのガジェットも良いですね。でも、なんとなくこじんまりとしすぎてしまっていると言うか、今ひとつ飛びぬけるものを感じなかったのも事実です。もう一歩、踏み込んでくれたらなと思います。

六條靖子「姑のハンドバック」

 これはすっきりとまとまっていて、いいですね。取り立てて目立つ箇所もなければ、光るところもそんなに感じないのですが、私がハンドバックを迷うことなく捨ててしまうシーンには、あっさりでありながらも、愛情を見ることができ、優しい話だなと感じました。安心して楽しめる良作だと思いました。良かったです。

石居椎「本日のみ限定品」

 おおおおお! これは良いですね「七月二十六日がどうして幽霊の日なのだろう?」とやや首を傾げながら、作品内世界にぐいっと引きずり込まれて、あれよあれよとばかりに西瓜の甘い匂いにやられました。次から次へと、ぽんぽんと物語が進むので勢い読んでいってしまい、ラストでぽんと放り出されて、素敵な余韻を味わうことが出来ました。面白かったです。

あか「トキウドン」

 くっだらねー! もう、爆笑ですよ、これは。時蕎麦から着想を得たと思うのですが、いくらなんでも捻っていなさすぎだろう、と。でも、このストレートっぷりが、弥次さん喜多さんに加え、多い空行に押されてちからを持っているような気がします。こういう息抜きできる作品はいいですね。好きです。

乃木ばにら「黒い不吉なもの」

 おおっ! 再読していい作品だなと感じました。最初に読んだときは、どうしてかラスト二行を読み飛ばしていて「ふつうな作品だな」と感じたのですが、改めて再読してみるとラスト二行でいきなりミステリになっていますね。これがどういう意味を持つのかと深読みしてみると、一気に物語に深みが増すように感じます。面白いですね。

湯菜岸時也「怪鳥」

 いいですね。こういうなんだかよく分からないけれど、そのよく分からないところがまたいい作品は好きです。タイトルと物語が、やや乖離しすぎなような気がして勿体ないですね。いやあ、それにしてもこの語り口はほんとうにいいですね。中盤の展開には、どうなるのかと手に汗を握りました。最高に面白かったです。

峯野嵐「ハンター」

 端整な、いい怪談ですね。何が起こるのか、何が起こるのかと読者を引きつけておいて、さりとて特異なることがそんなに発生するわけではなく、匂わせる程度で終わらせるという。この慎み深いところが逆にとても気に入りました。もし、主人公が食われていたら、単にキッチュなだけの作品になってしまっていたと思うので、この空振り具合は良い選択だと思います。

大河原ちさと「魅惑の芳香」

 上手い! 100話感想が近づいてきたからでしょうか、俄かに良い作品が増えてきたように思います。これは今までに読んできた90話近い階段のなかでも、かなり上手かったです。だって、このリアルな匂い。そもそもにして文章で匂いに挑戦しようとしている作品が、今まで「本日のみ限定品」ぐらいしかなかったぐらいです。いやあ、上手かったです。素晴らしい。

松音戸子「アイス墓地」

 いやーん、これは気持ちが悪い。最後の一行を読んで、うぎゃーという感じです。キッチュキッチュなんですが、なんか序盤にあった花子の墓や佐助の墓といったガジェットで、妙にコミカライズされているのですよね。あまり得意な類の作品ではないのですが、ふしぎと嫌いではありません。でも、あまり何度も読み返したくはないですね、痛々しいから。

斜斤「スコヴィル幻想」

 いい奇想ですね。スコヴィル幻想が、すこぶる幻想にも通じているような気がして、すこぶるいい作品だなあとも思ったりしました。ミルクが辛いという現象に対するリアクションもよければ、マッチ棒などのガジェットも素敵ですし、馬面や枯れ枝といった語句選択も研ぎ澄まされています。良い作品ですね。堪能させていただきました。

一双「ギジ」

 上手い……! 思わず立ち上がって拍手したくなるような出来栄えです。と言うか、股間が気になりました。股間ってなにー? とドキドキしながら読み進めていったら、予想もしていなかった箇所から狙撃されて、撃ち抜かれた気分です。これは良いミスリードでした。タイトルにまつわる謎を、きれいに解決させておきながら、余韻を残す、いい締め方ですし。素晴らしかったです。

杜地都「分割払い」

 あ、これはちょっと今ひとつでした。完成度の高い作品が続いてしまったせいだからでしょうか、悪くない作品だとは思いますが、ちょっと今までの数作と比較すると出来が落ちるかなと感じてしまいました。でも、物語の広げ方もなかなか堂に入っていますし、分割払いという発想もぶっ飛んでいてよろしいかと思います。もう一歩、踏み込んでほしかったかなと思います。

不狼児「肝だめし」

 あいた。あたたたた。著者が不狼児さんだったので、これは気合を入れて読まなければならないなと思いながら読み進めたのですが、見事にやられました。気負って読んだのに、それなのに裏をかかれた気分です。これは完敗と言わざるを得ません。たいへん素晴らしい腕前、堪能させていただきました。

飛雄「よそゆき」

 あー、これは嫌らしい作品ですね。なんだか人間の醜いところを、いきなり眼前に突きつけられた感じです。こういう作品は上手いなとは思いますが、ちょっと苦手です。パワーがありすぎるのですよね。文章から想起されるイメージが強すぎるがゆえに、引きずられそうになります。ううむ、苦手です……。

ヒモロギヒロシ「死霊の盆踊り

 大賞受賞作。100人100話の末尾を飾るのは、第5回ビーケーワン怪談大賞の大賞に輝いた作品です。再読になりますが、やっぱり笑いと面白味に溢れた作品で、ぞっとするような怖さはありません。けれども、それで面白くないかと問われれば、答えは否と即答で、やっぱりこれはすごい面白い作品だと思います。秋山の好みではないですが、惹きつけるちからはありますし、大賞に相応しいなとも思います。

総評

 以上てのひら怪談2』全作に感想を書いてみました。
 一度、通して読んでから改めて一作ずつ再読しながら感想を書くという工程を踏んだのですが、初読時には気づかなかった発見が再読時にあったりして、面白く読むことが出来ました。また参加者が100人もいるので、作品のバラエティがめちゃくちゃ富んでいて、これはどんなひとでも楽しく読めるなと感じました。秋山はミステリや幻想を好んで読み、グロが苦手なのですが、秋山の対極にある趣味を持つ本読みでも、秋山と同程度に楽しめるのではないかなと思います、色々な作品が揃っているので。
 しかし、それにしても楽しかったです。秋山に出来ることは感想を書くことぐらいですが、『てのひら怪談3』『てのひら怪談4』と続いていってくれればなと思います。