空。
かつて雲は理論の象徴だった。
哲学者の頭は雲に掛かり、思考よりも実験を重んじる数学者は床に寝そべっていた。
ここにひとりの求道する者がいる。
その者は空を指差している。空を渡る雲を、ではなくそのさらに先。
雲の上に広がる透明の回廊を、その者は指差していた。
回廊は複雑に、しかし整然と絡まりあい、互いに互いを喰らい、活かしあっていた。
それはひとつのシステムであった。思考と実験の両方の上にある、究極のシステム。
背後に眼を向ける。
階段があった。空へ続く階段がある。雲に遮られ、どこまでも続いているように見える。
一歩、きざはしに足を乗せる。階段は消えない。
行ける。
そう思い、もう一方の足もきざはしに乗せる。
暗転。
ふと、顔を上げる。
そこは狭い部屋の中。思考と実験が錯綜する、複雑なそして雑然とした部屋。
背後に眼を向ける。
階段は――あった。
慌ててきざはしに足を乗せ、それが消えないことを確認する。
消えない。
だから再び、こう思ってしまう。
行ける、と。
階段を駆け上り、部屋を出る。
外の空気は冷たかった。表に出るのは久しぶりだったので、肺を締めつける空気が新鮮だった。
ふと、顔を上げる。
桜の樹があった。手を伸ばして蕾に触れてみると、それはまだ固かった。
今は春、秋山真琴はそれを思いだす。