紙。
一枚の真っ白な紙に、文字が書き連なれてゆく。
ペンを執っている何者かの性格がよく表れている癖の強い字だ。
妙なところで跳ねたり、点が抜けていたり、要所が省略されている。
白が黒に侵食されてゆく。
やがて紙は文字で埋めつくされた。
紙は裏返しにされ、再び黒インクによる蹂躙が始まる。
背後に眼を向ける。
白に身を包んだ長身の男が立っていた。
男は優雅に一礼した。
思わず手元の紙を見下ろし、信じられないと思う。
だがしかし、とも思う。
再び顔を上げたとき、白衣の男は消えていた。
暗転。
ふと、顔を上げる。
今の風景は何だろうかと首を傾げる。視界に入った部屋、紙を置いた文机、ペンを握る手。そのすべてが見覚えがないものだった。しかし同時に、どうしようもなく懐かしい。昔見た、そしてもう二度と見ることのかなわない、言わば生誕以前の記憶……。
まあ、ただの白昼夢だろう。気にする必要はない。そう思い、苦笑する。
今は今、夕賀恋史はそれを思いだす。