海。
蒼茫たる海原がどこまでも広がっている。
見渡す限りの水平線。波は低く、穏やかな揺れが足許から伝わってくる。
猫の鳴き声に視線を上に。
海猫。
群れからはぐれてしまったのだろうか。鳥が翼を広げていた。
中天に弧を描く翼に陽光が一瞬だけ遮られる。
背後に眼を向ける。
そこに懐かしい人が立っていた。
数年ぶり、それとも数十年ぶりになるだろうか。
とにかく久しぶりだということは判るけれど、それが誰かは判らない。
顔があるべき場所は茫洋と翳り、どうしても思い出せない。
その誰かがゆっくりと近づいてくる。
近づいてくるにつれ、顔が見えてくる。ああ、思い出した。この人は――、
暗転。
ふと、顔を上げる。
そこは紙とインクのにおいが充満した、書庫の一室だった。
少しずつ記憶が戻ってくる。たまには書庫の整理をしようと思い、つい懐かしい一冊を紐解いてしまったのだった。そう、この一冊は特に思い出深い、懐かしき日々について綴られたものだ。笑みが零れ、手が自然に動いた。
最初のページを開く。
今は昔、《ピースメーカ》の館長はそれを思いだす。