影。
本来は光に付き添ってあるはずの影が、それだけである。
どこか遠くから伸びた影が、起き上がって街路樹やビルに姿を変える。
光源がないのに、明暗が見分けられるのは、ここが夢の世界だから。
黒い紙を切り貼りして作ったような、立体感のない影の遊戯。
このデタラメな街並みを許容できるのは、やはりここが夢の中だからだろう。
明晰夢。夢の中にあって夢の中にあることを知る、ひとつ上の次元から見る夢。
背後に目を向ける。
影の女が立っていた――否、女ではなく、短刀を構えた一匹の殺人鬼。
殺人鬼の口元が三日月型の笑みが広がっている。
不動……拘束される視界。歩み寄る殺人鬼、振り上げられる短刀。
影が落ちる。逆光の中に見える笑み。
殺人鬼の笑み。
勝者の笑み。
暗転。
ふと、目を覚ます。見慣れた、色褪せた天井が目の前に広がっている。
ベッドから飛び降りて、冷たい床を踏みしめる。
身体のどこかが傷つけられ、怪我をしているような幻痛がある。姿見に目を向ける。
異常はない。
鏡の中に背後の時計があった。窓から差し込む月明かりが、文字盤を照らしている。
今は夜、霧崎夜辺はそれを思いだす。