自分が通っていた高校には、2年生までは男女別々に過ごすのだけれど、3年になってから合同授業になるというちょっと変わったシステムがある。このシステムがどういった理由で考案され、自分が卒業するまで採用され続けていたのかは未だに不明だが、それまでまるで女ッ気のなかった生活に、いきなり女子高生が現れるのだ。これは受験どころではない。それでも何とか気持ちを落ち着けて、勉強に専念しようとするのだが、同じクラスの友人が女の子と楽しげに話しながら歩いているのを目撃してしまう。おいおいおいおい。お前、去年まで女なんて自意識過剰で自己中心的で、面倒な存在だって言ってたじゃないか。何を楽しそうに笑っていやがるんだ、コノヤロウ!
そんなことをやっているうちに、好きな子ができた。その子は自分の斜め前の方の席に座っていて、滅多に笑わない、落ち着き払った子だった。ある日、英語の授業中、ゴキブリが現れた。出現ポイントは、彼女の足元。よっぽど驚いたのだろうか、悲鳴をあげ、椅子から飛び上がって一度は逃げようとしたけど、鞄を確保しに戻ろうとして、道をゴキブリに塞がれた。寝ていた自分は彼女の悲鳴に目覚め、状況を把握すると同時に行動を開始する。まず、隣の寝てる奴から教科書を強奪し、ゴキブリの上にパチンコ屋で貰ったティッシュペーパーを放り、しかるのちに丸めた教科書を叩き下ろす。後は、硬直した彼女の視界にゴキブリが入らぬよう、ティッシュで包みゴミ箱のポイ。完璧に決まったと確信する。後は彼女に「大丈夫だった?」と一声でも掛ければ、もうそれで成功する。
結局、自分と彼女が言葉を交わすことはなかった。あの日あの時、ゴキブリを殺す勇気と共に、彼女に声を掛けるという勇気を持ち合わせていたら、自分は今ごろどうなっていただろうか。
――あのとき、ああしていたら……。
こんにちは、秋山真琴です。『リリカル・ノート』を手にとっていただき、ありがとうございます。
本書はパラレルワールド物です。自分が望む世界だけをノートに紡ぎ、何度でもやりなおすことができる人生。けして色褪せることのない空と、そこに浮かぶ雲を掴む執念の愛。そういった物をテーマに、心ゆくまま書き込んでみました。
若輩の身ではありますが。
願わくば、諸兄の心の扉を撃ち砕かんことを。心を躍らせ、魂を震わせんことを。
秋山真琴 拝