雲上四季〜謎ときどきボドゲ〜

本と涙と謎解きと、愛しさと切なさとボードゲームと

日常非日常

 以前、模試か授業かである評論を取り扱った。祭に関しての評論で、以下のようなことが書いてあった。
 祭には、自分へのご褒美的な面がある。神輿や花火のある祭の他に、忘年会や歓迎会もその一種である。しかし、近代に入ってから、我々は容易く自分へご褒美を与えることが出来るようになった。好みの音楽を聴いたり、ファッションに拘ってみたり。祭の季節を待たずとも、日常の中に非日常を入れることが可能になったのだ。


 それとは別に、嘘かもしれないが、こんな話を聞いた。
 かつては十年一昔と言って、10歳の齢の隔たりがあると言ってることが分からなかったりしましたが、最近ではほんの数歳の差があるだけなのに分かり合えないようなことがあるようです。
 これは「最近のガキはゲームばっかりやってるからコミュニケーションが取れないんだ」って話の一端に出てきましたが、中々興味深いと思った。ゲームで遊ぶ→人と時間を共有しない→だからコミュニケーションが取れなくなる。この、人と時間を共有するという部分は、正しく祭の時間なのではないだろうか。共同で何かを祝ったり作ったり楽しんだりする非日常が少なくなったから、一つの世代で括れる範囲が狭くなったのではないだろうか、と。
 そう言えば、自分が高校時代、1つ下の代とは普通では考えられないぐらい仲良かったと思う。自分は後輩誘ってサンシャインクリエイションに出店して平然と30分遅刻したし、雫嬢や紳士は後輩と殴り合ってたし。学園祭の準備期間中は、一日中一緒にいた。しかし、2つ下の代は美術部や学園祭実行委員会を兼ねていて、あまり時間を共有することもなく、今もあまり思い出せる記憶がない。


……ああ、上手く書けないな。
 最近、何故か人が多く来るので少しまともな話をしようと思ったが、書いているうちにどんどん思考が進んでしまって、そのうち何が書きたかったのか忘れてしまう。困ったものだ。