雲上ブログ〜謎ときどきボドゲ〜

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A BLAST OF WIND

 少女の名前は風。
 遠い昔、旅人に名付けられて以来、少女はただの空気という存在なきものでありながら、名前を持つ存在になっていた。少女はその、風に吹かれれば飛んでしまうような、淡い理性で考える。自分自身のことや、眼下の大地のことや、そこに暮らす生き物のことを。
 少女はあるとき、空を飛びたいという夢を持つ者の隣に立った。その者は、機械の羽根を使わずに、自分の力だけで空を自由に飛びまわりたいという意志を持っていた。しかし、その者には翼はなく、ただの人間であるその者に空を飛ぶことは不可能に思えた。少女を含め誰もがそう思い、その者にそう言ったが、その者は信じなかった。世界中のすべての人間に不可能だと言われても、自分が可能だと思いつづける限り、それは不可能ではないのだ。その者は誰もいない部屋の中で、そう独りごちた。少女だけがその言葉を聞いた。
 少女はその者の意志を認め、応援することにした。
 その者の隣に立ち、声高らかにその者を勇気付けた。もっともその声は、その者は勿論、他の誰にも届かなかったが。
 決意の日。その者は崖の上に立ち、飛び下りた。
 少女はその者と共に空を駆け、必死にその者の傍で叱咤激励したが、その者はとうとう飛び上がることなく、地面に落ち、死んだ。
 数日後にその者の死体が発見され、村の者たちの手で埋葬された。
 時が過ぎ、その者は風になった。少女と異なり名前を与えられていないから、その者はただの空気に過ぎないが、それでも風なのだ。自由に空を飛び回ることのできる風なのだ。
 その者は夢を叶えたのだ。
 少女だけがそれを知っている。


『蒼き旅人』681文字