「案ずることはない、我がそう安々と死ぬわけがないではないか。今は暫しの小休止を取っているだけじゃよ」老婆は口元を歪めつつ、嘯いてみせた。
その堂に入った仕草を見て、殺伐屋はスゥと目を細めた。蒲団の中に痩せ細った身体を、横たえている命の恩人は、どう見ても死に瀕している。けれど、先ほどから放たれる言葉には、しっかりとした生気が感じられ、後十年は楽々と生きていそうな気迫が感じられた。
「ところで、お前さんに頼みがある」
「なに」
「ちょっと茶が飲みたいから、煎れてくれ」
殺伐屋は無言で部屋を辞すると、台所でコーヒーを入れた。ここでお茶を煎れても、ふてぶてしい大嘘吐きの老婆のことだ「茶を煎れろと言われて、素直に煎れる馬鹿正直が何処にいるか」と一喝するに違いない。
熱いコーヒーを淹れて部屋に戻った殺伐屋だったがしかし、そのときにはもう、お茶にせよコーヒーにせよ、それを飲むべき人物は冷たくなっていた。
あの態度は、嘘だったのだ。
老婆は無理をして元気なふりをしていたのだ。
足許に落ちたカップから、畳の上にコーヒーが広がってゆくのにも気付かず。
「最期に……名前を呼んでもらいたかった」
殺伐屋はその場に立ち尽くした。