雲上ブログ〜謎ときどきボドゲ〜

オススメの謎解き&ボードゲーム&マーダーミステリーを紹介しています

壱乗寺かるた『さよならトロイメライ』

 第3回富士見ヤングミステリー大賞井上雅彦賞受賞作。

 第1回大賞、深見真『ブロークン・フィスト 戦う少女と残酷な少年』
 第1回最終選考、葉山透『ルーク&レイリア 金の瞳の女神』
 第2回準入選、時海結以『業多姫 壱之帖――風待月』
 第2回準入選、師走トオル『タクティカル・ジャッジメント 逆転のトリック・スター!』
 第2回竹河聖賞、上田志岐『ぐるぐる渦巻きの名探偵』
 第3回大賞、田代裕彦『平井骸惚此中ニ有リ』
 第3回佳作、岡村流生『黒と白のデュエット』*1
 第3回佳作、名島ちはや『仮面は夜に踊る』
 第3回井上雅彦賞、壱乗寺かるたさよならトロイメライ*2

 こうして富士ミスから出てきた作家を並べてみると、第3回だと言うのに9人。しかも受賞者はいずれもコンスタントに作品を上梓しつづけていて、生存率は今のところ100%。葉山透に限っていえば、富士ミスからの刊行は1年ほど空いてしまっているが、その代わり電撃文庫から2冊出している。


 佳作の『黒と白のデュエット』と『仮面は夜に踊る』は未読なので、何ともいえないが、大賞の『平井骸惚此中ニ有リ』と、今日、紹介する『さよならトロイメライ』を読んだ上で思ったのは、――「本来はこれ、本になりえないだろう」だった。
 もっとも『平井骸惚此中ニ有リ』の方は、まだ味と言える。序章と終章を除き、全編、読者に語りかけてくる、いわゆる講談調に統一されており、まだ親しみが持ちやすい。第8回電撃ゲーム小説大賞を受賞した、田村登正の『大唐風雲記』にも通じるところがあるだろう。
 しかし『さよならトロイメライ』の方はどうかと言えば、他に類を見ない。敢えて近いのを挙げれば、一人称で主人公の心情を延々と語る、西尾維新のそれが近い、かもしれない。でも、何かが違う。西尾維新うえお久光谷川流をひとまとめに語ることは、わりとできそうだし、探せば多く見つかるだろうけれど、壱乗寺かるたと彼らを比較するのは、なんだかなという具合だ。ちょっとずれている。

 泉ちゃんはぷはぁ、と顔を上げると、これ以上無いってくらいの嬉しそうな顔で、
「えへへ、おいしいですっ!」
 と微笑んだ。
 そんなに喜んでくれると食堂のおばちゃんも油揚げ業者の方々も幸せだよね。すうどんになっちゃった俺のきつねうどんも報われるよね。よかったよかったみんなハッピー。
 とその時背中に走る衝撃三発ばんばんばん! げほっ、ちょっとむせただろ何すんだよ。この登場の仕方はよく知ってる、春太だ。
「おートーマス! なんだお前またうどんか? そんなんじゃ力出ねぇぞって。俺ぐらい食ってこそ男だっての――あー、悪い、兄ちゃんたちそこ詰めてくれ。ん、もう一つな、人が来るから」
「……春太、その機関車みたいな呼び方どーにかならんか」
「まー細かいことは気にすんなって、呼ぶほうの勝手だろ」
(36、37ページより)

 主人公の藤倉冬麻はかなり饒舌だ。ただしそれは地の文――心の中だけの話で、実際に声に出して喋ってる量は、想像以上に少ない。注意して読むと、ほとんど主人公は返事を返さず、相手が一方的に話しつづけていたりする。こんな調子だと言うのに、主人公を取りまくヒロインたちは勝手に告白してきたり、結婚しようなどと言いだしたり、見えるところ見えないところでご都合主義が働いている。まあ、それはわりとどうでもいい。
 この作品のミソは「実はミステリ!」というところにあるのではないだろうか。舞台は私立御城学園という外界から閉鎖された学校なのだが、そこには一つの学年につき3人の〈トップ3〉と彼らと常に行動を共にし、ときには身を守る盾となる〈パートナー〉が存在する。この〈トップ3〉と〈パートナー〉に関する説明は、実は、ほとんどない。気がついたら主人公が〈トップ3〉の一角に加えられていて、次いで主人公がちょっとした超能力を持っていることが提示され、それで終わり。発生する殺人事件は、かなり奇怪なもので、「これは何か超能力とかありそうだな」と思わせてくれる。
 その後、主人公たちは幾つもの推理を重ねては、それが誤りのものであると立証していき、最後に残ったものも、また――という具合。
 富士見ヤングミステリーと言うのだから、ミステリなのは当たり前なのだが、そうとは限らないのが富士ミス富士ミスたるゆえんで、だからこそ、実はミステリであったときは、予想外に驚いてしまう。どんでん返しなどがあった日には、それこそ……。


 作風に関して言えば確かに、クセがある。著者自身もあとがきで言っているし、選者の井上雅彦も言及しているし、編集部も解説でそう述べている。そしてこのクセは、「出版は諦めた方がいいんじゃないの」と言いたくなるぐらい強い。
 しかし、クセが強いと言うだけで気に入る人も、若干数、存在し、そのひとりが自分。狙っている萌えも、どこか滑っていたり外しているところも大好きだ。特に眼帯と包帯を、和服娘ではなく男の先輩に与えているあたり、作者は一体どんな確信犯なのかと。そして井上雅彦が言う、

 オリジナル版では、実は、かなり濃厚だったポルノグラフィー描写が、希釈されている

 のは、どうしてなのかと。編集部はLOVEを謳っているのに、本当にやる気があるのかと、そして答えを後回し後回しにしている主人公の優柔不断っぷりはどうにかならないのかと、小一時間ばかり問い詰めさせろ。


 さて。
 今までのパターンで言えば、4月から6月の間に受賞作品の続編が出るようだ。『平井骸惚此中ニ有リ』は大賞受賞だし、あまり不可のない作品だったので、問題なく続編が出るだろうが『さよならトロイメライ』はどうだろうか。ええ、心配です。
 なんとかして頑張って、3冊までは出してほしい。


 追記。5月に続編と言うことで。

*1:応募時『モノクローム・デュエット 幻覚・悪夢』

*2:応募時『死には偽物の救いを』